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2.5 期待値の意味で成立する古典力学・交換関係

 何度もくり返し書いているが、量子力学では位置座標xや運動量pは力学変数ではなく、波動関数ψが力学変数である。だから`運動'は、「xやpの値が変わる」のではなく、「ψの形が変わることによってxやpの期待値が変わる」ことの結果として表れる。

 では、期待値<x>はどんな``運動''をするのだろうか。それを調べるために、時間微分(d/dt)<x>を計算してみよう。この時微分されるものはxではなく、ψである。シュレーディンガー方程式i¥hbar{∂/ ∂ t}ψ= Hψと、シュレーディンガー方程式の複素共役である-i¥hbar{∂/ ∂ t}ψ^*=Hψ^*を使いつつ計算を行うと、

{d/ dt}∫ dx ψ^*(x,t) x ψ(x,t) = ∫ dx (ψ^*(x,t){∂ / ∂ t}ψ(x,t)+{∂ / ∂ t}ψ^*(x,t)ψ(x,t))= {1/ i¥hbar} ∫ dx(ψ^*(x,t)x Hψ(x,t)-(Hψ(x,t))^* xψ(x))

となる。

【以下長い註】この部分は、最初に勉強する時は理解できなくともよい。 たまに、「この式の左辺では微分が常微分{d/ dt}なのに、右辺に行くと偏微分(∂/∂t)になっている。おかしいではないか」という人がいるので、少し説明しておく。左辺において微分されている∫ ψ^*(x,t)ψ(x,t) dxは、xはすでに積分が終わっている(つまり、xはいろんな値が代入されて足し算が終わっている)ので、実はxの関数ではない。だから、左辺はあきらかに偏微分ではない。また、「右辺のxをtで微分したら{dx/ dt}は出てこないのか」と不安に思う人もいるようだが、ψ(x,t)の中のxは時間によって変化する量ではない。「場所x、時刻tでの波動関数ψ(x,t)」のようにψの場所を指定する、いわば「番地」である。ここも古典力学のx(t)と量子力学でxの違いが表れているところである。

 「微分と積分の順番入れ替えてもいいんですか?」という質問もあった。この場合、微分はt、積分はxであって、互いに独立な量なので心配しなくても入れ替え可能。もっとも発散するような積分だと一概には言えないか。

 ここで、ハミルトニアンが

 ∫ (Hψ(x,t))^*ψ(x,t) dx=∫ ψ^*(x,t) Hψ(x,t) dx

という性質を持っていると仮定する(Hはx微分を含む演算子であるから、これは自明な関係ではない)。このような性質を「Hはエルミートである」と言う。実際物理的な状況で出てくるハミルトニアンはエルミートになっている(「エルミート」は人名。フランス人数学者でつづりはHermite(フランス語なのでHが発音されない)。英米人は『ハーマイト』と読んだりするので注意)

【問い6】ある演算子A(微分などを含んでいてよい)が任意の関数ψ,φに対し、∫ ψ^* (Aφ) dx =∫ (Aψ)^* φ dx を満たすとき、エルミートな演算子であるという。

(a)位置座標x
(b)運動量p=-i¥hbar{¥partial / ¥partial x}
(c)ハミルトニアン H=-{¥hbar^2/2m}{∂^2/ ∂ x^2}+V(x)
がエルミートであることを証明せよ。ただし、xの積分範囲は(a,b)として、x=aとx=bではψ,φやその微分は0になっているという境界条件で考えよ。

 この問題は(a),(b)に関しては授業中にやって、(c)は「同様」ということですませた。(a)はつまり、

∫ψ^*xψ dx = ∫(xψ)^*ψ dx

ということだから、ほとんど自明・・・と思ったが例えば「掛け算してから複素共役」と「複素共役とってから掛け算」が同じなのか、とか、いろいろ質問も出た。これについては

[(A+iB)(C+iD)]^* = (A-iB)(C-iD)

をこの2種類の計算で確認してみればよい。

 (b)に関しては

・ pに含まれる{∂/∂x}は微分演算子なので、φにかかっているものをψ^*にかけるためには部分積分が必要で、その時マイナス符号が一つ出る(表面項は仮定により落ちる)。

・ pは-i¥hbar{¥partial / ¥partial x}であるから虚数単位iを含み、複素共役をとるとここからもマイナス符号が一つ出る。

ということでマイナス符号2回出てプラスとなり、エルミート性が示せる。

(c)に関してはp^2だから虚数単位の問題はなく、部分積分は2回必要なのでこちらでも符号は出ないことに注意。

 

この仮定を使うと、

{d/ dt}∫ dx ψ^*(x,t) x ψ(x,t) = {1/ i¥hbar} ∫ dxψ^*(x,t)(x H-Hx)ψ(x,t)

という形に式をまとめることができる。ここで気をつけなくてはいけないことはxH-Hxは0ではないということである。なぜなら、たいていの場合、Hは{p^2/2m}を含んでいるが、pは-i¥hbar{¥partial / ¥partial x}のような微分演算子であるからである。

 以後の計算で、xH-Hxのような演算子の順番を変えて引き算したものがよく出てくる。そこでこれを

[A,B]=AB-BA

のように記号で書いて「AとBの交換関係」(commutation relationまたはcommutator)と呼ぶことにする。[A,B]=0の時、すなわちAB=BAの時、「AとBは交換する」と言う。

 まずxと{∂/∂x}の交換関係を計算しよう。任意の関数をfとして、

[x,{∂/∂x}]f=x{∂/∂x}f - {∂/∂x}(xf) =x{∂/∂x}f- (f+ x{∂/∂x}f)= -f

となるので、

[x,{∂/∂x}]= -1

と書くことができる。これから

[x,p]=[x,-i¥hbar{¥partial / ¥partial x}]= i¥hbar

である。このxとpの交換関係は量子力学において非常に重要な式である(物理の各分野で「もっとも重要な式を選べ」と言われたとする。力学ならニュートンの運動方程式f=ma、電磁気ならマックスウェル方程式、熱力学ならdU=TdS-PdV、統計力学ならS=k log Wであろうが、量子力学ならば[x,p]=i¥hbarがもっとも重要な式といえる。この式の重要性は、量子力学をある程度勉強して全体を俯瞰できるようにならないと実感できないだろう)

【問い7】交換関係に関する、以下の公式を証明せよ。
(a)[A,B+C]=[A,B]+[A,C]
(b)[A,BC]=B[A,C]+[A,B]C
(c)[A,B^n]=nB^{n-1}[A,B]          (ただし、[A,B]がBと交換する場合)
(d)[A,f(B)]={df(B)/ dB}[A,B]         (ただし、[A,B]がBと交換する場合)
(e)[A,[B,C]]+[B,[C,A]]+[C,[A,B]]=0    (この式をJacobiの恒等式と呼ぶ)

(b)の解答は授業中に行った。以下の通り。

[A,BC]=ABC-BCA = ABC-BAC+BAC-BCA=(AB-BA)C+B(AC-CA)=[A,B]C + B[A,C]

BACを引いておいてからもう一回足す(つまりは何もしていないのと同じ)のがミソ。

 以上のような公式を使うと、量子力学の計算を少しずつ簡単にしながら実行することができる。

 上の問題の第2問の式[A,BC]=B[A,C]+[A,B]Cについては、「積BCと何か(今の場合A)との交換関係を取るときは、前にあるもの(今の場合B)を前に出して後ろにあるもの(今の場合C)を交換関係の中に残したものと、後ろにあるもの(今の場合C)を後ろに出して前にあるもの(今の場合B)を前に出したものになる」と覚える。「前にあるものは前に、後ろにあるものは後ろに出す」ことが大事。こうしないと演算子の順番が狂う。

Hがp^2/2m+V(x)という形だったとしよう。V(x)とxは交換する(つまり、xV(x)=V(x)xすなわち、[x,V(x)]=0)ので、計算すべきものは[x,p^2/2m]である。これを計算するために以下の様な計算を行う。

 上の文章内の式が「V(x)x=V(x)x」となっていたが、上の文章が正しい。

 [x,{p^2/2m}]= {1/2m}(¥underbrace{[x,p]}_{=i¥hbar }p + p¥underbrace{[x,p]}_{=i¥hbar})={i¥hbar / m}p

これを代入すれば、

 {d/ dt}∫ ψ^*(x,t) x ψ(x,t) dx={1/ i¥hbar}∫ ψ^*[x,{p^2/ 2m}]ψ dx=∫ψ^*(x,t) {p/ m}ψ(x,t)dx =¥expV{p/ m}

となる。これはp=m(dx/dt)という古典力学でおなじみの関係が出てきたということである。

 より一般的な形のHに対しては、[x,H]=i¥hbar(∂H/∂p)であると考えれば、

(d/dt)<x> = <∂H/∂p>

が成立する。これは正準方程式のうち一方が、期待値の意味で成立していることを示している。

【問い8】同様に(d/dt)<p>を計算し、もう一方の正準方程式も期待値の意味で成立していることを示せ。

問い7(b以外)と問い8は宿題レポートとするので、解いて提出すること。

 

学生からのコメント・感想から

 p=m(dx/dt)が出てきて、量子力学はうまくできていると思いました。
 うまくできています。というか、うまく作ってあります。

 「自明な関係」ってどんな関係ですか。
 「自ずから明らか(おのずからあきらか)」つまり、「見たらわかるぐらい当たりまえ」ということ。

 エルミートの定義はわかりましたが、なぜハミルトニアンはエルミートでないといけないのですか。
 来週しゃべりますが、エルミート性は、固有値が実数であることと結びついているのです。エネルギー固有値が実数でなくてはならないので、ハミルトニアンはエルミートでないと困るのです。

  [x,{p^2/2m}]= {1/2m}(¥underbrace{[x,p]}_{=i¥hbar }p + p¥underbrace{[x,p]}_{=i¥hbar})={i¥hbar / m}pですが、1/2mは外に出してしまっていいのですか?

 いいのです。1/2mは単なる数ですから。

 

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