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2.3 光子の運動量

光が粒子であると考えると、プランクが考えたような空洞の中では、光子がとびまわっていると解釈できる。分子でできた気体がそうであるように、光に も圧力がある。気体に圧力があるのは分子が運動量を持つからである。したがって光子にも運動量があることになる。では、エネルギーhνを持った光子の運動 量はどうなるべきであろうか。普通の粒子であればエネルギー 1/2mv^2で運動量mvと するところだが、光子の場合は少し違う。光子の運動量を見積もるには、光がまわりの壁にどのような力をおよぼすかを考えれば良い。

電気力線に付随する斥力と引力 まず光すなわち電磁波の持っている力を計算する。一般に、真空中に電場Eがある時、単位体積あたりにエネルギー1/2ε_0E^2が分布し、電場の方向には単位面積あたり1/2ε_0E^2の引っ張り力が、電場と垂直な方向には単位面積あたり1/2ε_0E^2の圧力が発生する(マックスウェルの応力)。これは磁場につ いても同様である。ただし磁力に対しては式が1/2μ_0H^2に 変わる。

6つの方向(±x,±y,±z)のうち、2方向は引力、4方向は斥力である。今電磁波が壁のなかであっちへこっちへと飛び回っていると考えると、こ の圧力と斥力は平均化されて、1/3の引力と2/3の斥力となり、結局1/3の斥力が残ると考えられる。つまり、圧力はエネルギー密度の1/3である。こ の圧力は1892年にLebedevによってはじめて実験的に確かめられている。

【問い14】別の計算で光の圧力がエネルギーの1/3であることを計算する。今一辺Lの立方体の箱の中に光子が入れられているとす る。このうち一個の光子に着目し、波だと考えた時のx,y,z方向の波数をn_xπ/ L,n_yπ/ L,n_zπ/ Lとする。箱のx方向の長さをゆっくりとL+Δ L(Δ Lは微小)まで伸ばす。この時、中に入っている波のn_x,n_y,n_zが 変化しなかったとする(箱が延びるにしたがって波長も延びたことになる)。この時光子のエネルギーの減少を計算し、その減少分は箱の壁を押す仕事をしたと 考えることで、光子が壁におよぼしていた力を求めよ。光子がたくさんいろんな方向に動き回っていたと考えて平均をとって、圧力がエネルギー密度の1/3で あることを示せ。

では、圧力がエネルギー密度の1/3であるということから光子の運動量に関して何がわかるであろうか。箱に入れられたN個の粒子が、それぞれE_iの エネルギーと\vec p_iの運動量を持っているとしよう(i=1,2,…,N)。\vec p_iの運動量を持った光子がx方向に垂直 な壁にぶつかってはねかえるとする。

 この場合、運動量ってどう定義しているんですか?
 普通だと、p=mvですが、今は光であって質量なんてものはないので、そういう定義はできません。むしろ、運動方 程式(dp/dt)=Fを使って定義してます。ここでは運動量p_xを持っているから2p_xの力積を与える、という説明しましたが、むしろ「こういう力 を与えるということは、これだけの運動量を持っているものがぶつかってきているんだな」という判断をするわけです。

その時、\vec p_iのx成分(p_ix)の2倍の力積を壁に与える。この光子はx方向に2L走るごとにこの壁に衝突するが、 x方向の速度はc× p_ix/|\vec p_i|であるから、1秒の間に

c× p_ix/|\vec p_i| ÷(2L) = c× p_ix/(2L|\vec p_i|)

衝突することになり、1秒にあたえる力積(つまり力)はc× (p_ix)^2/ (L|\vec p_i| )となる。

 光の(x方向の速度)÷cという、速さの比が、運動量の比p_ix/|\vec p_i|と 等しくなっているのはなぜですか?
 この場合運動量p=mvでないので、式からわかるというものではないですね。しかし光子の持っている運動量という のは、光子が運動している方向と等しいだろう、というのは妥当な推測だと思います。

N個分の和をとれば、等方性から、Σ_i (p_ix)^2=(1/3)Σ_i|\vec p_i|^2と なると考えて良いだろう。

 ちょっと説明が足りなかった。Σ_i (p_ix)^2+Σ_i (p_iy)^2+Σ_i (p_iz)^2_i|\vec p_i|^2で あって、かつ運動量の平均値は方角によらないだろうから、Σ_i (p_ix)^2=Σ_i (p_iy)^2=Σ_i (p_iz)^2と 考えましょう、ということ。

よって、N個全体が壁に及ぼす力は

(c/3L)Σ_i |\vec p_i|

となる。
 和を取っているのは (p_ix)^2/ L|\vec p_i| であって、 (p_ix)^2じゃないから、ちょっとこの計算はおおざっぱに過ぎた。厳密には、ベクトル\vec p_iを|\vec p_i|と 単位ベクトルの積に分解して、同じ|\vec p_i|を持つもの同士でわけてやると、単位ベクトルのx成分の自乗平均が(1/3)になる、という感じのス テップがもう一段階必要だろう。どんぶり勘定としてならこんな感じでいいのだが。

 圧力はこれをL^2で割ったものであり、その圧力が(1/(3L^3))Σ_i E_iに等しいのだから、c|\vec p_i| = E_i と考えられる。つまり、運動量の大きさ×cがエネルギーである。

【問い15】通常の物質であればp=mv,E=(1/2)mv^2である。この場合、圧力とエネルギー密度の 関係はどうなるか?

 なお、電磁波の運動量に関してはマックスウェル方程式から導かれる一般論があり、それによると、真空中の電磁場の 持つエネルギーは単位体積あたり、(1/2)ε_0 E^2+(1/2μ_0)B^2で、電磁場の持つ運動 量は単位体積あたりD×Bである(今は真空中なのでD=ε_0E)。

 うっかりして電磁波の式を書き忘れていた。ここで考えているz方向に進行している電磁波 は

E=E_0sin(k(z-ct)), B=(E_0/c)sin(k(z-ct))

である。Eはx方向、Bはy方向を向いている。

 この場合はエネルギーが

(1/2)ε_0 (E_0)^2 sin^2(k(z-ct)) + (1/2μ_0)(E_0/c)^2sin^2(k(z-ct)) = ε_0 (E_0)^2 sin^2(k(z-ct))

となり、運動量は

ε_0((E_0)^2/c)sin^2(k(z-ct))

となる(方向はz向き)。このことから、電磁波の運動量はエネルギーをcで割った大きさを持つ。まだ相対論の講義が そこまですすんでいないので解説しないが、一般に質量mの粒子に対しては、エネルギーEと運動量の大きさpの間にE^2-p^2 c^2 = m^2 c^4という式が成立する。光子はこの質量mが0になっている場合である。

 以上から、光子一個の持つ運動量は hν/c = h/λ と考えていいだろう。

 

2.4 コンプトン効果

同じく光の粒子性を示す実験として知られているのがコンプトン効果である。この実験では電子にX線を照射し、はねかえってきたX線の波長を測定す る。すると、X線の波長は少し長くなっている。この現象自体はコンプトンの1923年の実験以前に知られていた。コンプトンは入射X線の波長λとはねか えってくるX 線の波長λ'、そしてX線が散乱される角度θの間に、

λ' - λ = 0.024×10^-10(1-cos θ) [m]

という関係があることを実験でしめした。

コンプトン効果の概要 静止していた電子(質量m)に振動数νの光(実験ではX線)があたり、これが振動数ν'で、元の方向と角度θだけ違う角度に散乱されたとしよう。電子はこ の時、この光と同一平面内で、最初の光の進行方向に対し角度φ、速さv(光速度cに比べ小さいとする)で飛び出すとする。

【問い16】光を波動と見れば、この振動数変化をドップラー効果と考えることができる。静止している電子に振動数νの光があたり、電 子はそのエネルギーを吸収したのち、上に述べた方向に速さvで動きながら振動数νの光を出すとして、ν'を求める式を作れ。

運動量保存則をベクトルで この現象に関する運動量保存則をベクトル図で表わすと右の図のようになる。

【問い17】この図から、cosθに関する式(他の角度は入らない式)、cosφの式、cos(θ+φ)の式、をそれぞれ作れ。
【問い18】エネルギー保存を示す式を作れ。
【問い19】以上の式が、古典的なドップラー効果の式を含んでいることを示せ(v^2はc^2に比べて小さ いとする近似を使え)。


ヒント:ドップラー効果の式にはmが含まれていないから、まずこれを消去する。

【問い20】以上の式から、コンプトンによる実験式が出てくることを確認せよ。電子の質量は9.1×10^-31kg である。
ヒント:νとν'はほぼ等しいので、ν^2+(ν')^2= 2νν'という近似を行なえ。

以上のように光を粒子と考えると、コンプトン効果は光子と電子の衝突という物理現象として矛盾なく記述される。古典的に考えれば(運動量が h/λ という塊であることが古典的には出てこないので)この結果は説明できない。

以上のようないろんなことから、光の粒子性は疑いのないものになったと言える。

2.5 粒子性と波動性の二重性

この章では、光を粒子と考えなくては都合の悪いことを並べ立ててきた。しかし一方、光を波と考えなくては都合の悪いこともたくさんある(前に述べた ヤングの実験などの干渉現象が代表的なもの)。このような性質を「光は粒子性と波動性を持つ」と言う。言うのはやさしいが、この二重性の意味するところは 何なのか。当時の物理学者ボルンは「月・水・金は光を波動であると考え、火・木・土は光を粒子と考える」などとふざけているが、量子力学が完全に確立され るまでの間は「ある時は粒子と考え、ある時は波動と考える」というよく言えば臨機応変、悪く言えばその場しのぎの方法がとられてきた。問題はどんな「ある 時」に波動性があらわれ、どんな「ある時」には粒子性があらわれるかである。それがわからないとちゃんとした物理にならない。

 しかし、その解決の前に、学ぶべきことがある。この章では「波動だと思っていた光には粒子性がある」ということを学んだが、この逆、すなわち「粒 子だと思っていた物質(電子など)にも波動性がある」ということを知らねばならない。これが次章のテーマである。

この章では、1900年のプランクの光のエネルギー量子の発見から、1923年のコンプトン効果の実験まで、「光の粒子性」の発見について述べてき た。「光の粒子性」の発見と「物質の波動性」の発見は同時に進行したので、次の章ではボーアが原子模型を発表した1913年まで、いったん時代を戻すこと にする。

学生からのコメント・感想から

 ほんとに光は弾性衝突するのでしょうか?(同様の質問多数)
 弾性衝突してないとすると、箱の中に入れた電磁波のエネルギーがどんどん減っていく、ということになります。熱平 衡状態ならこんなことは起こりません。現実問題として壁と衝突する時にエネルギーを失うことはあり得ますが、逆に壁からエネルギーをもらうこともあるの で、バランスしていると考えてもいいでしょう(あくまで熱平衡状態の場合)

 なぜy方向やz方向の運動量は変化しないのでしょう?
 壁を固い、動いていないものと考えて、働く力が壁に垂直だとすれば、yz方向に力が働かないので運 動量は変化しません。これも上の質問と同じで、yz方向の力は平均取ると零になっている、と考えることもできます。

 光が他の物質などのように 運動量と速度の関係が成り立たないのは、「光速度不変の原理」と関係があるのですか?
 うーん、直接の関係はないでしょう。でも光の運動量がmvだったとすると、vはいつでもcだから、 運動量の大きさが変化できなくなっちゃいますね。

 体重70kgの僕が秒速1mで進んだら、70=6.6×10^-34/λ より、波長が(6.6/70)×10^-34mの僕ができるのですか?
 計算上はその通り。しかし実際にはあなたの体は一つの物体ではなく、たくさんの粒子の集合体で、各 粒子がそれぞれ運動量を持っているので、それぞれの粒子がそれぞれの波長を持った波になっていて、その波の重なったものがあなたです。

 最後に電子も実は波動性を持っているとのことでしたが、それでは 僕たちはみんな波の塊なのでしょうか?そうすると僕たちはただ波が重なっているだけなのでしょうか?(似たような質問他にもあり)
 はい、私もあなたも、みんな波が重なっているだけの波の塊です。でもそれは「重なっているだけ」 などというつまらないものではなく、すばらしい重なりのすばらしい塊なのです。波の重なりの塊が、こんなふうに物を考えて、「ぼくたちはみんな波なんだろ うか」と考えて悩んでいるなんて、とってもすごいことだと思いませんか?

 光の運動量を求めるまでがこんなに難しいとは思わなかった。だい たいの本にはp=h/λとすぐ、この式になっていたので。
 何事も、最初の最初は難しいものなのです。その難しいものが使えるようになると、次の疑問が始まるものなのです。

 コンプトン効果の実験で、装置を設置して光子を観測しているんだ とすると、装置を設置して観測しようとすると波動性を示すという「光子の裁判」の話と矛盾しませんか?
 この場合、前に話したヤングの実験などとはいろいろ話が違います。ヤングの実験の場合でも、装置の設置の仕方でいろいろ結果が変わりまし た。まずこの場合、光子(X線)は1本であって、2本に分かれたものをあわせて干渉させるとか、そういう実験をしているわけではありません。それともう一 つ、X線はこの電子を跳ね飛ばすわけですが、これは「電子を使ってX線を観測している」と考えることもできます。電子という粒子とぶつかる時に、X線が粒 子性を示しているのですから、光が感光物質を化学変化させる時に粒子性が現われるのと、現象としては同じことが起こってます。

 

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