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前章で書いたように、光は粒子性と波動性の両面を持ち、相手によって(あるいは状況設定によって)そのどちらかの側面を顕わす。特にエネルギーの 不連続性は、光を波動として捉えると非常に不思議な現象である。しかし、この不思議な性質は光子だけにあるのではない。エネルギーなどの物理量が連続的値 を取ると考えると説明できないことが物質の場合にもある。物質の不連続性の顕れの一つは、原子の中の電子の状態である。
ラザフォードは1911年にアルファ線を非常に薄い金板にあてる実験で「原子の中心にはプラス電気を持った核がある」ということを示した。これにより、 プラスの電気を持った原子核の回りをマイナスの電気を持った電子が回る、という古典的な原子像が考えられた。我々が考える「原子の大きさ」は原子核の大き さではなく、まわりを回っている電子の広がりの大きさである。しかし、この(それこそ中学校の理科の教科書にも載っている)おなじみの原子模型は、現実の 原子を説明できない。なぜなら、古典力学的計算では電子の持っているエネルギーは原子核に近づくほど小さくなる。そして、古典力学的観点からは、電子がど のような半径で回るかは、全く任意である。たとえば、ほぼ同じような運動方程式で表すことができる、惑星の円運動(実際には楕円である)は古典力学にした がうと考えていいが、軌道半径にはなんら制限はない。
太陽の周りを地球が回っている、という時も、実際には重心の周りをまわっているんですか?
そうですよ。地球と月の場合も同じです。ただ、どっちの場合も真ん中にあるものがものすごく重いの
で、重心はその内側に来ます。太陽と地球の重心は太陽内部にあるし、地球と月の重心は地球内部にある。ちなみに、潮汐で月の反対側の水が持ち上がるのは、
地球が重心の回りに回転運動していて、月の反対側はその回転の「外側」だからです。
なお、右の図で、「重心(実際には陽子内部にくる)」と書いてあるのは嘘で
す!!!
重心は陽子の外に来ます。地球と月の場合の図を書き直して使ったので、間違えてしまいました。
【問い21】質量Mの陽子と質量mの電子が距離r離れて、クーロン力で引き合いながら重心の回りを角速度ωで等速円運動している時の
運動方程式をたててみよ。二つの粒子の運動方程式はどちらも、「一方が静止し、もう一方がMm/(M+m)という質量を持って半径r、角速度ωの円運動を
している」場合の運動方程式と同じになることを示せ。クーロンの法則の比例定数をk、素電荷をeとする。 【問い22】この系の持つ全エネルギーを、k,r,eで表せ。(注:M,m,ωはちゃんと計算すれば消える) |
原子核の半径は、原子の半径(おおよそ、電子が円運動している半径)に比べ、10^-5倍以下である。なぜ電子はもっと下 の、エネルギーの低い方にいかないのだろう?---まして今電子は加速度運動をしており、加速度運動する荷電粒子は一般に電磁波を放出することによってエ ネルギーを失うはずである。
【問い23】電荷qを持った粒子が加速度aの加速運動をしている時、単位時間あたり2k(aq)^2/3c^3の エネルギーを電磁波として放射する。電子が陽子から距離rの位置を回っているとすると、この時放射されるエネルギーは単位時間あたりどれだけか。(陽子の 放出する電磁波は無視して考えよ) |
「物体はエネルギーの低い方に行きたがる」という原則からすると、電子はこの電磁波を放出しながら、どんどん原子核に近づくはずである。そして、 その時間は驚くほど短い。
【問い24】[問い22]で計算した電子の持つ全エネルギーの式で、時間によって変化しうるものはrだけである。この全エネルギーの 式の時間微分にマイナス符号をつけたものは、さっき計算した単位時間に放射されるエネルギーに等しい。これを微分方程式として時、何秒後にr=0になる か、計算してみよ。最初電子は半径5.0×10^-11mのところを回っていたとして考えよ。 |
しかし現実には、どの原子を見ても、電子は一定の場所を回っているようである。何かが電子に制限を加えているのである。古典力学的に考えるとけっ して電子の軌道に制限が出てこない、ということは次元解析からもわかる。水素原子の半径を何かから計算できるとしよう。この場合、その計算結果に使える 「材料」となる量は
次元 | MKSA単位系での数値 | |
陽子の質量M | [M] | 1.7×10^-27kg |
電子の質量m | [M] | 9.1×10^-31kg |
素電荷e | [Q] | 1.6×10^-19C |
クーロンの法則の比例定数k | [ML^3 T^-2Q^-2] | 9.0×10^9F^-1m |
である。中央の枠の[ ]に書いたのはそれらの量の持つ次元で、Mは質量Lは長さ、Tは時間、Qは電気量を表す。単位で書くならば、[L]はメート ル、[M]はキログラム、[T]は秒、[Q]はクーロンである。物理の計算では必ず次元が揃わなくてはいけない(次元とい う概念が理解しにくい人は、まず「物理の計算では両辺の単位が揃わなくてはいけない」というところから理解していくとよい)。クーロンの法 則の比例定数の次元が上のようになるのは、F=ke^2/r^2のように、e^2[Q^2] をかけてr^2[L^2]で割ると力[MLT^-2]になるからである。
もし原子の半径が計算できるとしたら、これらの量を使って作られた、長さの次元([L])を持つ式が出てくることになる。しかし、どうやってもそ んなことはできない。すぐにわかることは[L]を含むのはkだけだが、そのkに含まれている[T]を消してくれる相手がどこにもいないことである([M] や[Q] は消してくれる相手がいる)。
と説明しながらふと思い出したので補足したが、光速度c(次元は[LT^-1])を 使って[T]を消すことは一応可能である。しかしそうやって作った距離の次元を持つ定数はke^2/μc^2と なって、いわゆる電子の古典半径に近い値となる。これは原子としては小さすぎるし、そもそもなぜここで光速度が出てくるのか、根拠が薄い。
【問い25】ケプラーの第3法則(公転周期の自乗と軌道長径の3乗が比例する)を、次元解析だけから導け(この場合使える物理定数は
万有引力定数Gである)。 【問い26】弦を伝わる横波の伝播速度は、弦の線密度ρと弦の張力Tに依存する(ギターの弦を考えてみよ)。どのように依存するかを次元解析から導け。 |
前節のようなおかしな結果になった理由として、「原子の内部のようなミクロな領域では、マックスウェルの電磁理論やニュートン力 学が成立しないのではないか?」という考えが浮かぶ。実際、マックスウェルの電磁気学が成立しなくなることがあることは、プランクたち が光の粒子性という形で示している。
そこで、プランクが「光のエネルギーはhνの整数倍である」としたように、hを含む条件をつけることでこの状況が回避できるのではないかと考えら れる。ありがたいことにhの次元は[ML^2T^-1]であり、上の量と組み合わせることで次元が[L]に なる量を作れそうである(プランクは始めてプランク定数を導入した時、「次元のある物理定数が増えた」ということを一番喜 んだという話である。)。
テキストではこの後ボーアの量子条件に関する記述があるのだが、授業では先に次元解析をすませてからにした ので、ここでも順番を変えて、先に次元解析による計算をすませておく。つまり、プランク定数hを導入したことで、なんらかの形で原子半径を計算できる可能 性が出てきたことを以下で説明する。
まず、次元解析から電子の半径がどう予想できるかをしめそう。上に書いたように、次元[T]を消去せねばならない。kに[T^-2]、 hに[T^-1]が入っていることから、h^2/kという組み合わせが必要である。この組み合わせだと、次 元は[MLQ^2]であるから、[MQ^2]を消すためにM,m,eを使う。原子の半径に関係あるのは原子 核と電子の相対運動であるから、相対運動を記述する時に出てくる質量である換算質量μ=Mm/(M+m)を使って次元[M]を消すのが妥当だろう(ただ し、この場合の換算質量は電子の質量とそう大きくは違わない。換算質量の意味については、[問い21]を参照)。
以上から、原子半径(電子の円運動の半径)rは(無次元定数)×h^2/(kμ e^2)という形 になると考えられる。具体的な数字をいれてみると、この値は
h^2/kμ e^2 =( 6.6× 10^-34)^2 / (9.0× 10^9× 9.1× 10^-31 ×(1.6× 10^-19)^2 )=2.1× 10^-9
となる。この値は原子の半径よりちょっと大きいのだが、実は具体的に計算してみると、この答えには無次元定数として1/(2π)^2≒0.0253 がかかり、5.3× 10^-11mという答えが出て、現実の原子半径ぐらいになるのである。この値をボーア半径と呼ぶ。
今回は学生さんに最後に「hを入れた条件として、次元的に適当なのはどんなものか考えよ」という問題を出し ておいた。いつもの感想と一緒に書いてもらった。当然使える文字はμ、v、rとかだというヒントを与えたので、
μvr=nh
という形を皆さん予想してくれた。実際のボーア条件はさらに2πをかけることが必要であるが、もちろん次元解 析から出すんならこれで正解。
物理定数はおまけみたいなものだと思ってたけど、今日の授業を聞いて、深い意味をもっているのかなと
思った。
「おまけ」なんてとんでもない! もちろん、深〜〜〜い意味があるのです。
粒子が波の集まりだというのが不思議です。目に見えていたり、生活の中で作り上げられた直感というか先
入観が実は全く逆というか、そういうものの集まりから構成されているというのは、とても興味深いです。
物理の一番の面白さはそういう「直感や先入観」が、しっかりとした科学的考察によってくつがえされ
ているところにあるのかもしれませんね。
次元解析は便利だと知っていましたが、こんなに重要だとは思ってませんでした。ちょっとした裏技だと
思ってた(同様の意見多数)
裏技じゃなく、正当なる表技ですよ。いろいろなところで役立ちます。今後は積極的に使ってくださ
い。
昔の人もけっこう適当に計算してたんですね(次元解析に
関する意見。これも多数)
次元解析ってのはもちろんおおざっぱな計算のためのツールですが、これだけで「答えが出た」と喜んでいいものではありません。ある程度あたりをつけるた
めに使うものです。
ミクロにミクロに研究が進んでいくということは、(中略)それを考えている人間の脳を構造している物を
探るということになります。
不思議でなりません。
この感情も電子がくるくる回ることによって生まれたのでしょう。
しかし、いくら研究を進めても、その物質が何を考えているのかはわからないのです。なぜなら物質には感情がないからです。では感情とは何でしょうか?
意味がわかりません。
意味がわからなくなったのも電子がくるくる回ったせいです。
「感情」って何、あるいは「意思」って何、ってのは確かによくわからないです。結局は脳みその中で
起こっている化学反応であって、化学反応は結局量子力学的現象ではあるのですが。
原子半径を求める次元解析で、周期Tを用いることはできないのですか?
周期Tは2πr/v=Tという形でrと関係してます。ではvはというと、結局それはkやらeやらで
決まるわけです。
荷電粒子が加速度運動すると、どうして電磁波が出るんですか?
荷電粒子の周りには電場があります。粒子が動くと、周りの電場も変化します。ところが電場が時間変化すると、そこ
に誘導された磁場が発生します。するとこの発生した磁場(つまり時間変化した磁場)が誘導された電場を発生させます。すると今度はその電場が磁場を作り、
磁場が電場を作りというふうに互いに互いを作り出しながら電場と磁場が広がっていきます。これが電磁波です。
物理はもう終わると思った19世紀の終わりにプランクさんが量子力学を発見したため、物理は広大に広
がったんですが、現在はどうなんですか? 物理は終わったのですか?
最近は目の覚めるような大発見はありませんが、だから「終わった」なんてえらそうなことを言うと、
19世紀に「物理は終わる」と言ってた人と同じような恥をかくことになりかねません。きっと次から次へと問題が出てきて、終わることはないんじゃないか
な。
ボーアがプランク定数の次元を使ってやったことは、たまたま正解でいいのか、よくわからん。
今日までの話だと、「たまたま正解」程度にしかわかりません。問題はこのボーアの模型を使って、他
の物理現象が説明できるかどうかです。ボーアはもちろんそのあたりもちゃんと考えて、来週説明する「量子条件」というものを設定します。それはまた、来週
から。