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 前回、ボーアの量子条件を次元解析だけで出して、その場合の原子半径がどのようになるかというところまで話したので、今回は具体的なボーアの量子条件と、条件が満たされる軌道についての話から入った。以下の文章は本来、前回の

 そこで、プランクが「光のエネルギーはhνの整数倍である」としたように、hを含む条件をつけることでこの状況が回避できるのではないかと考えられる。ありがたいことにhの次元は[ML^2T^-1]であり、上の量と組み合わせることで次元が[L]になる量を作れそうである。

に続くものである。

 その条件はボーアの量子条件と呼ばれるもので、電子が円軌道を描くと考えた場合には、

mv × 2π r = nh

(3.1)

と書かれる。nは自然数であり、hはプランク定数である。hがちょうど(運動量)×(座標)という次元を持っていることに注意せよ。歴史的にこのよ うな条件が出てくるまでは、電磁場(光)の場合のE=nhνをいかにして一般化していくかということから始まる、長い話があるのだが、「hが式に入ってく るとしたら、(運動量)×(座標)という形になっていれば次元が合う」という程度で理解しておいて欲しい。後でド・ブロイの物質波の話や、Schr\ "odinger方程式の話などが出てくると、この式の意味も少し物理的にわかってくると思う。

この条件によって電子のエネルギーは下限を持つことになる。ボーアの条件はr が小さくなるとvが反比例して大きくなることを示しているが、運動方程式はrとv^2が反比例するという制限を与えている。両方を成立させるには特定の軌道しか回れないことになる。

 ボーアは、量子条件が満たされている時には古典力学での運動方程式が成立していて、電子は電磁波を放出することはないと考えた。ただし、後で述べ るようにある軌道から別の軌道へ(つまり量子条件のnが違う状態へ)移る時には、その軌道間のエネルギー差分のエネルギーを吸収または放出する。

 テキストの順番では、ここに原子半径rを(無次元定数)×h^2/(kμ e^2)という形に求めたところが入っている(前回の最後の内容)

 ここで、計算の中にhが登場してきた時に、自然数nがいっしょにくっついてきたことを思えば、最終結果でもそうなっているだろうと考えられる。よって、半径は(無次元定数)×n^2h^2/(kμe^2)という式になるだろう。つまり、電子の運動の半径は、n^2×(ボーア半径)のように、 n^2に比例する。 一方、電子の持つエネルギーは-ke^2/2rで表される(上の問題参照)から、全エネルギーは

-(未定の無次元数) k^2μe^4/(n^2 h^2)

となる。(未定の無次元数)の部分を求めるには具体的計算が必要である(次の問題で実行せよ)。

【問い25】これまでに求めた古典力学での式とボーアの量子条件を使って、許されるエネルギーを計算せよ。結果を-E_1/(n^2)という形(E_1は定数)と表せ。

 結果を数値で書くと、

E_n = -13.6/(n^2) eV

である。 原子が安定して存在できるのは、この条件が満たされない軌道が存在しないからである。特に、n=1の軌道よりエネルギーの低い状態が存在しないのだから、 それよりも下に落ちることはできない。量子条件がなければ、この世にある原子はみな、原子核のサイズまで縮んでしまうことになる(その前に原子核も存在で きないだろうけれど)。

水素ではなく、ヘリウムを考える。ただし電子は一個しか回っていないとする(He^+イオンの状態である)。この電子の持つエネルギーと基底状態での原子の大きさを計算せよ。水素と比べて、何倍違うか?
水素原子の回りに電子でなくμ粒子(性質は電子に似ているが、質量が約200 倍)が回っていたとする。この水素原子もどきの基底状態での大きさは通常の水素原子に比べて何倍か。

 ほんとはこの後3.3節なのだが、話している間に順番を変えた。

3.4 状態の遷移と原子の出す光

 今求めた通り、水素原子内の電子の持つエネルギーは-{E_1/ n^2}で表される。したがってn=1に対応する軌道(基底状態)は安定であるが、n=2,3,4,・・・の状態(励起状態)はそうではない。電子はすき さえあらばよりエネルギーの低い状態へと飛び移ろうとする。逆に何かからエネルギーをもらうと、より高い軌道へと飛び移る。これを「遷移」 (transition)とか「量子ジャンプ」などと言う。途中の軌道は量子条件が許さないので存在できない。たとえばn=n_2からn=n_1(当然 n_2>n_1)へと遷移すると、エネルギーが

E_{n_2→n_1}= E_1 ( {1/ (n_1)^2}-{1/ (n_2)^2})

だけ余る。

ボーアは原子が光を出す時は、このような軌道の遷移が起こり、その時に余ったエネルギーが光子一個になって放出されると考えた。その時出る光の振動数はエネルギー保存則により、

hν_{n_2→n_1}= E_1 ( {1/ (n_1)^2}-{1/ (n_2)^2} )

 を満たす。この式は、それよりも前から求められていた、水素原子から出てくる光の波長に関する式

{1/ λ}= R( {1/ (n_1)^2}-{1/ (n_2)^2} )

と比較された(Rはリュードベリ定数)。ν= c/λ を使うとこの二つの式は完璧に一致し、ボーアの原子模型が現実の水素原子を表していることが確実となった。と同時に、この原子模型における「遷移」の存在は、原子の内部では古典力学が役に立たないということを証明している。

 炎色反応で代表されるように、原子はそれぞれ特有の光を吸収・放出する。それは各原子ごとに電子の回っている軌道と、そのエネルギーの値が違っているからである(水素以外の原子の場合は、電子が2個以上回っているので話がずっと複雑になる)。

 フランクとヘルツ(このヘルツは電磁波を発見し、光電効果発見のきっかけとなる実験を行ったヘルツの甥)は原子内の電子の持つエネルギーがとびとびであることを、以下のような実験(1914年)で証明している。

 水銀の蒸気を満たした管の中に電子を発生させ、電圧をかけて管内を走らせる。電子がやってきた先には網と、その後ろに電子を追い返すような逆電圧 をかけたプレートが待ち構えている。電圧を高くすれば走ってきた電子は勢いで網を通り抜けてプレートに入り、検流計に電流が流れるのだが、電圧が4.9V を超えると、突然電流が減少する。これは管内に放出された電子のエネルギーをもらって、水銀のまわりを回る電子が励起するからである。

 この実験装置自体は、蛍光灯と同様のもの。蛍光灯の場合はこの励起が戻る時に出す光で周りの塗料が光る。

 この時走ってきた電子はエネルギーを失う。つまり水銀の場合のE_2-E_1に相当するエネルギー が4.9eVぐらいであり、4.9eV以下のエネルギーしか持っていない電子では、水銀原子を励起することはできない。ということは逆に、4.9eV以下 のエネルギーしか持っていない電子はエネルギーを取られることはないのである(貧乏人は泥棒に狙われない)。電圧が9.8Vを超えると、今度は2個の水銀 原子を励起できるので、また電流の減少が起こる(14.7V でも同様)(ここ、13.7と間違えていた。足し算間違えてどーする)。この実験によって、原子の回りの電子が確かに基底状態、励起状態という安定状態を持っていることが確認できた。

で、ここで3.3節に戻った。

3.3 ゾンマーフェルトの量子条件と位相空間

 以上のような現象を見ていくと、たとえば光のエネルギーはnhν、原子内の電子のエネルギーは-(E_1/n^2)という形に「量子化」されてい る。どちらの条件においても、同じプランク定数hが大事な役割を果たしていることに注意すべきである。光であるとか電子であるとかに限らず、プランク定数 hを通して「物質(光を含む)の取り得る状態」に制限がつけられることになる。

 その制限がボーアの量子条件なのだが、より一般的には、ゾンマーフェルトによって

\ointpdq=nh

の形に書かれている。p,qはそれぞれ一般化運動量と対応する一般化座標であり、\ointは周期運動一回分の積分である。

以下、少し位相空間の説明があったが、とりあえず省略。来来週(来週は体育祭のため休講)にやるかもしれないし、とばして次へ行くかもしれない。

電子の軌道の概略図  楕円運動(に相当するもの)を含めた詳しい計算は後で、より物質の波動性との関連が明らかになってから行うが、簡単に結果を述べておくと、やはりこの場 合も量子条件により、どんな形の楕円でもいい、というわけにはいかない。許される電子の軌道は主量子数と呼ばれるn(自然数)と、軌道量子数と呼ばれるl (0以上の整数で、最大値はn-1。楕円の扁平さを表す(テキストの図ではl=0が円であるように書いていたが、実際はlが大きいほど円に近い。右の図は訂正済み))、および磁気量子数と呼ばれるm(整数で-l≦m≦l(「0の時は円」と書いていたがこれは誤り。扁平度を表すのはlの方である)) で分類できる。エネルギーは主量子数nだけに依存する(E=-{E_1/ n^2})。主量子数nの状態には、l="0,1,2,…,n-1の状態(l=0,1,2 の状態をそれぞれs状態、p状態、d状態と呼ぶ。さらに前に主量子数をつけて、1s状態(n=1,l=0)とか2p状態(n=2,l=1)などと呼ぶこ ともある。) があり、各々のlの値に対し磁気量子数が-lからlまでの2l+1個ずつある。よって主量子数nの状態は

1+3+5+…+(2n-1)=n^2

個あることがわかった。このように、同じエネルギーを持つ状態がたくさんある時、「縮退(degenerate)している」 と言う。後でわかった「スピン」という状態変数のおかげで状態数は全て2倍されるので、n=1,2,3,・・・の状態は2,8,18,・・・個ずつあるこ とになる。この2,8,18という数字は原子の周期表に出てくる1行あたりに並ぶ元素の数である。原子の回りを回る電子の配置が化学的性質の違いを作って いることを示している(なぜヘリウム(原子番号2)、ネオン(原子番号10)が安定なのかは、これらの原子の回りを回っている電子がちょうど主量子数n=1,2をきっちり満たす数であることと関係がある。)。また、すでに他の電子が入っている状態にもう一個の電子が入ることはできない(パウリの排他律)ということもわかっている。なぜそうなのかはずっと後になってわかることになる。

学生からのコメント・感想から

 量子ジャンプで、途中の軌道は許されないと言ってましたが、例えばn=1の軌道からn=100の軌道までのように、とっても遠くでもパッと移るのですか?
 パッと移る場合もあるし段階的に移る場合もあるだろうけど、段階的に移る場合は光子が何個も出ます。

 3次元的には回らないのですか?
 正確な計算は後でやるのでここでは省略しましたが、もちろんほんとは3次元的運動です。例えばl=1の場合にm=-1,0,1となるのは、回転方向がいろいろあるからです。

 磁気量子数ってなんだかよくわからない。
 上に書いたようにほんとは3次元的回転をしているので、どういう方向に回転するか、という自由度があって、それを表すのが磁気量子数です。このあたりは後で正確な計算をやります(だいぶ先だけど)

 電圧をかけても蛍光灯が光らなくなるのはどういう現象ですか。
 電極の部分にある物質から電子が出るんですが、その物質が消耗するというのが一番の原因だそうです。電子が出なくなっちゃうんですね。

 量子条件ってすごい。化学と物理って結びつくんですね(似たような意見多数)。
 だからほんとは、高校の理科で物理だけ選択とか、化学だけ選択ってのはよくないんですよ。

 遷移するときは急に場所が動くといってましたが、電子はそんな動きができるのですか?
 というより、そんな動きしかできない。

 高校の時の化学はすべて量子力学にもとづいているんですか? 量子力学はすべてにつながっていると思った。
 もちろん、量子力学はすべてにつながっています。ありとあらゆるものが量子なんですから。

 遷移以外では電磁波を出さない、ということは、電子は軌道を円 運動してないということですよね。
 実際にはどんな「運動」をしているかは、来来週(来週休みだから)に明らかになる・・・と思います。

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