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3.3 ゾンマーフェルトの量子条件と位相空間

 前回の講義で飛ばした部分に戻った。以下は、前回の講義の

その制限がボーアの量子条件なのだが、より一般的には、ゾンマーフェルトによって
¥oint p dq = nh
の形に書かれている。p,qはそれぞれ一般化運動量と対応する一般化座標であり、¥ointは周期運動一回分の積分である。

に続く部分である。

 一般化座標qとそれに対応する一般化運動量pの両方を座標として扱った2次元の空間(q,p)(座標がN個あるならば2N次元の空間になる)を位相空間と呼ぶ。時間がたつとqもpも変化していくが、その変化の軌跡は決まった線になる。位相空間内の各点は運動方程式(正準方程式)で決められた方向に移動するからである。Hがtを陽に含んでいない場合、Hはその線上で一定値を保つ。

 位相空間上の楕円 たとえば、ハミルトニアンが

H= {1/2m}p^2 + {1/2}mω^2x^2

で表せる系(バネ定数k=mω^2のバネにつながれた質量mの調和振動子)の場合の位相空間を考えよう。この物体はH=E(一定値)となる線の上を動くことになるが、それはつまり、(x,p)座標系でみると、p方向の径が¥sqrt{2mE}、x 方向の径が¥sqrt{2E/ mω^2}の楕円である。調和振動子が1回振動するたびに、位相空間内の点はこの楕円を時計回り方向に1周する。

 テキストでは「反時計回り」と書いていた。またも凡ミス。p>0(つまり図の上半分)ではxが増加せねばならない、と考えれば時計回りであることが理解できる。

¥oint p dqという積分を1周分行うということは、この楕円の面積を求めていることになる。ゾンマーフェルトの条件は、位相空間における面積を計算していると考えて良い。楕円の面積公式S=π ab(a,bは長半径と短半径)により、

¥ointp dx = π ¥sqrt{2mE}×¥sqrt{2E/ mω^2}= 2πE/ω

【問い30】 この調和振動子がx=Asin ωtで表される振動をしていると考えて、¥ointpdx = ¥int_0^T p (dx/dt) dtとなること(Tは周期)を使って¥ointpdxを計算し、上の計算と比較せよ。

 ゾンマーフェルトの量子条件を適用すれば、この値はnhなので、

E= nhω/(2π) = nhν

となる。このように、調和振動子のような系では、ゾンマーフェルトの量子条件はE=nhνを与える。実は電磁波の場合でも同様の計算が成立してE=nhνを与えるので、この条件は光や電子や、いろんな場合で共通して使える、一般的な条件なのである。

 ここで大事なことを補足しておくと、ゾンマーフェルトの条件は電磁波にも(ここでは単なる調和振動子の場合だけ計算したが)原子内の電子の問題にも共通して適用できる。これは両方に適用できる、物理的な原理なり法則なりが背後にあることを示唆している。結局、物質にも光にも共通の条件が適用できそうに思えることが、「光が波でかつ粒子なら、物質も粒子であると同時に波なのでは?(同じ性質を持つのでは?)」というド・ブロイの考えにつながっていくと考えることができる。

円運動の位相空間  原子模型の場合に話を戻そう。電子が等速円運動しているなら、運動量の大きさはmvで一定で、一周するとq(位置座標)が2π r変化する。これから(3.1) が出る。あるいは、pとして角運動量mvrを取り、対応する座標として角度をとれば、一周は角度2πであるので同じ結果になる。

ここまでは電子は円運動していると考えたが、惑星のように楕円運動をしてもよいはずである。

テキスト上では、この後、「楕円運動(に相当するもの)を含めた詳しい計算は後で、より物質の波動性との関連が明らかになってから行うが、簡単に結果を述べておくと、やはりこの場合も量子条件により、どんな形の楕円でもいい、というわけにはいかない」へと続く。

 

第4章 物質の波動性

 前章で、ボーアの量子条件を導入することで原子の中の電子の運動の法則性を得ることができた。しかし、このボーアの(あるいはゾンマーフェルトの)量子条件の物理的意味はなんだろうか?---光の粒子性を表す数値であるプランク定数hがここにも登場したことには、何か本質的な、統一された意味を見つけることができるのだろうか?

4.1 ド・ブロイの仮説

 ド・ブロイは「波動だと思っていた光に、光子という粒子的記述が必要であることがわかった。ならば、粒子だと思っていた電子やその他の粒子にも、波動的記述が必要なのではないか?」という着想のもと、物質の波動論を展開した(1923 年)。ド・ブロイはアインシュタインによる光量子のエネルギーE=hνと運動量p=(h/λ)の式を電子などにも適用して、

(p^2/2m)+V = hν,

 p= (h/λ)

という式が成立するのだと考えた。pは粒子の持つ運動量、Vは位置エネルギーである。つまり運動エネルギー(p^2/2m)と位置エネルギーVの和である全エネルギーをhνと置き換えた。

 mv=(h/λ)という式になるのだとすると、v=0になるとおかしなことになりませんか?
 いい質問ですねぇ。その場合、単純に考えるとλが無限大になっちゃいます。実は次の章で不確定性関係というのをやりますが、それでわかるのは、物体は実は静止したり、1点に集中して存在していることは不可能で、つねに位置と運動量にある程度の幅があることが必要だということです。というわけで、その話になるまで少し待ってください。

 この置き換えの結果、ボーアの量子条件には明確な物理的意味が生まれた。円運動している場合のボーアの量子条件はmv× 2¥pi r =nhであったが、mv の部分をド・ブロイの関係式をつかって{h/λ}と置き換えると、

(h/λ)× 2πr = nh すなわち 2πr = nλ

という式が出てくる。これは、円軌道の上を波が進んで一周する(2πr進む)間の距離に自然数個の波が入っていることを意味するのである。

 これによって、ボーア・ゾンマーフェルトの量子条件に、物理的な意味が生まれた。

 楕円軌道の場合、電子が原子核に近づくとpは大きくなる。なぜなら今、

E= (p^2/2μ)-(ke^2/r)

が一定となっており、rが小さくなるとpが大きくなるからである。よって¥ointp dqを計算する時、半径が小さいところではpを大きく、大きいところではpを小さくしながら積分を行うことになる。pが大きいということは波長λが短いということだから、半径が小さいところでは波長が短くなり、半径が大きいところでは波長が長くなることを意味している。

 古典力学的に考えると「位置エネルギーVが増えると運動エネルギーが減る」という現象が起きているが、波動として考えると「Vが大きい場所では波長が伸びる」という現象が起きていることになる。ド・ブロイの波動力学では、位置エネルギーというものへの捉え方が古典力学とは違ってきている。結果としてこの二つの力学が同じような結果を示すようになっているのである(詳細は後で示す)。

4.2 電子波の確認

 今日は時間がなく、この節は概要を述べたのみ。 

 いかにド・ブロイの仮説がボーアの量子条件をうまく説明しても、それだけで電子もまた波であるという確証は持てない。しかし、電子が波動としてふるまう現象が、他のところでも見つかった。量子条件は原子内のような特別な場所でだけ課される条件ではなく、電子の波動性という、より一般的な現象の顕れの一つに過ぎなかったのである。電子の波動性をより直接的に示したのは1927年にDavissonが行った電子線回折の実験である。DavissonとGermerはド・ブロイが物質波の考え方を発表するよりも前から、ニッケルや白金に電子をあててその反射する方向を見るという実験を行っていた。すでに1923年の時点で、Davissonは電子線の数を角度を横軸にグラフにしてみたところ、奇妙な凹凸があらわれることに気づいていたが、当時は原子の中にある電子がボーア模型のように殻状になっていることから来るのではないかと考えていた。1925年、実験でちょっとした事故が起こった。そのためニッケル板が酸化してしまったので、酸化したニッケルを元にもどすために真空中でニッケルを加熱した。不思議なことに、その後の実験では奇妙な凹凸が顕著になったのである。加熱してもまた冷却してから実験しているのだから、原子内の電子の運動が変化しているとは考えがたい。これは高温状態を経たニッケルが再結晶化した、つまりニッケル原子が加熱前より規則正しく並んだ結果ではないかと考えられた。

そこでDavissonらは1927年、ニッケルの単結晶板で実験を行い、電子が特定の角度に強く散乱されることを確認した。

規則正しく並んだニッケルの結晶表面に電子の波がやってきて、原子一個一個によって散乱される。特定の角度に散乱された場合に限って、となりの原子での散乱波との行路差が波長の整数倍になって互いに強め合うことになる(原子がきれいに並んでなければ、各原子ごとに強め合う条件が変わってしまうので、きれいな形で強弱が見えたりしない)。そのように波が強めあった場所にだけ電子が到達すると考えると、特定の角度にだけ電子が散乱されることが説明づけられ、奇妙な凹凸も理解できる。

【問い31】 上の図のように、電子波が結晶面の法線方向から入射したとする。表面の原子で電子が散乱された時、どのような角度への反射波が強められるか。

これと似た、X線が特定の方向に強く散乱されるという現象は、ラウエによって1912年に発見されていた。この現象はX線が波動であるがゆえに起こることである。全く同じような現象を電子が起こすということは、電子も波動としてふるまっていることになる。Davissonたちはいろんな運動量の電子をあててみて、運動量によって回折パターンが変化することを確かめ、その現象からド・ブロイの式p=(h/λ)を実験的に確認した。こうなると、電子が波としてふるまうことも、誰にも否定できない事実となったのである。

電子波の波長は可視光に比べて短くできる。波長が短いほど、その波を使って作った顕微鏡の分解能は小さくなる。光学顕微鏡では発見できないウィルスを電子顕微鏡でなら見ることができるのは、電子波の波長の短さのおかげである。

学生からのコメント・感想から

 2πr=nλでn=1の時の図ってどういう感じになるんでしょうか。難しい。
 無理やり書けば、右の図のような感じでしょうか。確かに、書きにくいというか、難しい。

 ¥oint pdqという積分を感覚的に捉えることができないのですが、理解しやすい方法ありますか?
 うーん、いい方法というほどのものはないですが、解析力学の勉強に戻って、いろんな力学系の場合で位相空間(p,qのグラフ)を書いてみると、少しはなじみ易くなるかもしれません。

 物質全てが波だというのなら、干渉など、波の性質を示すのですか?(同様の質問多数)
 はい。これから先、その実例がばんばん出てきます。

 音や電磁波などの波は手でさわることができないというイメージなのですが、なぜ物質も波なのに、さわることができるんでしょう?
 「さわる」というのはどういうことか、ということを考えてみてください。決して、手の原子と物体の原子が触れ合っているというわけではありません(そもそも、原子なんてのは間はすかすかなものです)。原子あるいは原子内を回っている電子などが、電磁気的な力などで押し合ったり引き合ったりする結果が「さわる」という感覚なのです。物質が波であっても、これらの力がちゃんと伝達されていれば「さわる」ことができます。

 電子が波になった図の赤い線は、電子の軌道なんですか?(同様の質問多数)
 おっとこれは失敗。あの線は波の様子を表しているだけで、電子自体が波打って動いているという意味ではありません。光を図に描くときも波線で書きますが、実際の光は直進しますね。それと同じで「波を図で表してみた表現」と解釈してください。

 p^2/(2m)+V=hνって、式の位置エネルギーVは、どこを基準に計算するのですか?
 これもいい質問だなぁ。基準はどこでもいいのです。それは古典力学の場合と同じ。「振動数の基準がどこでもいいということになって、困らないのか?」と不安に思うと思いますが、それは後で「波動関数」というものが出てくると、振動数の絶対値が観測にかからない(相対的な差だけが観測に影響する)ことを説明できると思います。

 mv=(h/λ)でvが0にならない、という話は、熱力学での絶対温度が実現できないという話と関係あるのでしょうか?
 直接には関係しませんが、vが0になれないせいで、たとえ絶対零度が実現できたとしても物体は静止できない、ということがわかります。

 原子核の方は波動性持ってないんですか?
 もちろん、原子核だって持ってます。ただ、重くてあまり動かず、波動性がそれほど効かないので、電子の話している時には原子核の波動性はあまり考えません。

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