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4.3 波動力学と古典力学の関係

 では、このような物質波のふるまいと、それを粒子として見た時のふるまいにはどのように関係がつくのであろうか。すでに説明したように、ド・ブロイの式が成立していると、エネルギーの保存が

h^2/(2mλ^2) + V=一定

という形になる。これは普通のエネルギー保存則にp=(h/λ)を代入したものである。すなわち、Vが大きいところではλが長くなり、V が小さいところではλが短くなる。つまり、ポテンシャル(位置エネルギー)の違いは波長を変化させるのである。

 ある線を境に、上ではポテンシャルが大きく、下ではポテンシャルが小さくなっている時、何が起こるだろうか。上では波長が長く、下では波長が短くなるから、ちょうど空気中から水中に光が入射した時と同じ現象である。この時、光は屈折するが、屈折する理由は、上の部分の波(空気中の光)の波長が下の部分の波(水中の光)の波長より長いからである。図のABが1波長(Aが山の時Bも山)になっているとすると、CDも1波長(Cが山の時Dも山)である。AB>CDであるために、上の部分では波面(山の連なり)がACと平行であったのに、下の部分では波面がBD と平行になってしまう。

 この屈折現象を粒子の古典力学で考えると、上より下の方がポテンシャルが低いため、下の方にひっぱりこまれる、という現象である。つまり、古典力学で「落ちる」という現象が波動力学では「屈折する」という現象にとって変わっているのである。

 たとえば重力下での粒子(図ではボールにしてある)の運動を考えると、高いところほど位置エネルギーmghが大きいから、その分物質波の波長が長くなる(運動エネルギーが減る)。この場合はポテンシャルは連続的に変化していくが、図のように段階的に変化していくとしよう(図で書いた点線の境界面を上に超えるごとにmgΔh ずつポテンシャルが高くなるとする)。つまり境界線を上に超えるごとに波長が長くなっていくから、そのたび、波が下に下にと曲げられていく。これを重力場中で投げ上げられた物体が落下するという現象だと考えることができる。どちらの計算でも運動方程式が出てくるのだが、古典力学では力によって運動量が変化すると説明し、波動力学では波長の差が波を曲げる、と説明するのである。

 物質波が一番上で水平になってしまうと、もう落ちないような気がしますが?
 実際にはこの図みたいにポテンシャルが段階的に変化するんじゃなくて、連続的に少しずつ変化します。だから波長も連続的に長くなっていく。それに波はある程度広がりがかならずあるから、一番上で水平になっている時も、左のような感じで真横に進む波にはなってない。この波が進むと、いずれ下向きに進行しそうでしょ。

 実際の物質って広がっているんですか?
 広がってます。しかし、その広がりは、人間の眼では見えないようなわずかな広がりだから、目には見えない。というかそもそも、目は光で見ているから、光の波長程度以下の広がりは広がりと感じられない。

 ボールが垂直に上っている時は物質波はどうなるんですか?
 え・・・っと(一瞬絶句)。その場合は波が曲がるんじゃなくて、運動エネルギーが0になるところが壁のようになって跳ね返る感じになります(ちなみにほんとはトンネル効果で染み出すんだけど、それは授業中には触れなかった)。

 ここで強調しておいたこと。量子力学(この段階ではまだ波動力学だけど)には古典力学が上に述べたような形で入り込んでいる。我々の世界は量子力学にしたがって動いているのだけど、人間の眼の分解能はそんなによくないので、我々は古典力学が成立している、と錯覚してしまう。我々の日常的な運動に比べると物質波の広がりは小さいので、古典力学を安心して使って良い(量子力学を使ったって同じ答えになる)。しかし原子の中の電子の話になると、波の広がりと原子のサイズが同じぐらいになって、もう古典力学は使えない。古典力学はあくまで量子力学の近似として成立している。量子力学の中にちゃんと古典力学が入っている理由は、ド・ブロイの関係式のおかげである。

【問い32】図の角度に関して、屈折の法則から、

sinθ_0_0 = sinθ_1_1 = sinθ_2_2 = sinθ_3_3 =…

という式が成立する。一方エネルギー保存則

(h^2/2m (λ_n)^2)+ n mgΔh =E(nによらず一定)

も成立する(位置エネルギーの原点をn=0に取った。nが大きくなるごとに位置エネルギーがmgΔhずつ増える)。これから、高さnΔhと角度θ_nの関係式を作れ(初期状態を表すθ_0_0は結果に使ってよい)。

【問い33】最高点が(x_0,y_0)でx方向の初速度がv_0xであるような斜め投射の軌道は、

y-y_0 = -(g/2(v_0x)^2)(x-x_0)^2

と書ける。この式から軌道の傾き(dy/dx)を計算してyで表し、前問で求めたθ_nとnΔhの関係式とを比較せよ。

あるいは図のように、ある物質波が円を描くように進行しているところを考えよう。内側(半径r)では波長がλに、外側(半径r+δ r)では波長がλ+δλになっているとする。このように物体が円運動する理由は、粒子として考えると、中心に向かう力があるために曲ったと考えらえるが、波動として考えると、「中心に近いところほど波長が短いから曲る」と解釈できる。

粒子と考えた時、この粒子は半径r、速さvの円運動をしている。この場合の加速度は{v^2/r}で中心向きであり、働く力は(dV/dr)でやはり中心を向くので、運動方程式は

(mv^2/r)=(dV/dr)

と書ける。この方程式を、波動としての関係式から求めることもできる(以下の問題参照)。

【問い34】波動と考えた時、図から波長λと半径rは比例すべきである。よって、

(λ + δλ) /λ = (r+δr)/r

が成立する。運動量はλに反比例するので、 p/(p+δ p)=(r+δr)/rとなる。内側を通る波と外側を通る波の振動数が等しいという式から、pと dV/dr の関係式を導き、それが運動方程式と同じ内容であることを確かめよ。

学生からのコメント・感想から

 今までの20年間、感じていた感覚がバッコンバッコン壊されて否定されていくのが面白くなってきた。この世のしくみをちょっぴりのぞいているような気になります。
 それこそが、物理の楽しさというものです。

 物体が完全に静止しても、波動性ってあるんですか?
 物質波である物体は静止できないのです。それについてはまた今度。

 物質波って縦波ですか横波ですか。
 どっちでもない、スカラー波です。つまり方向のない波。

 人間の眼が今の精度だからこそ、この世の中成立しているんですね。でも最高の精度で世の中を見てみたいです。
 目では見れないけど、じゃあ実験器具の力を使ってみよう、ということで電子顕微鏡(電子波の波長が短いから精度がよい)ができます。さらによい精度で物を見るためには、より速い速度で電子や粒子を動かせばよい、というのが加速器を使っていろんな物理を探求する理由です。

 量子力学が成立しているから古典力学が成立しているというのはすばらしい。いかに高校の物理が意味がないものだったかがわかります。
 古典力学は意味がないわけじゃないし、高校物理だって意味がないわけじゃないです。そこで物理の基礎があって初めて、量子力学を作ることができるんですし。

 古典力学での速度は波動力学の波長(の逆数)だとすると、波のスピードは何ですか?
 波動が進行する時には群速度と位相速度という二つの速度があって、群速度が古典力学での速度に対応してます。この話はもう少し先でくわしく説明すると思います。 

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