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第7章は授業では全くしゃべってないが、「量子力学」のテキストに調和振動子がないというのも寂しいので、テ キストだけは作って配付した。
この章では 粒子がポテンシャルエネルギーkx^2で 表されているようなポテンシャル内に存在している場合について解く。古典的に考えるならばこれはばねにつながれた粒子の運動である。「ばねにつながれた量 子力学的粒子なんてないから、こんな問題は単なる練習問題であって、現実的な物理と関係ないだろう」などと思ってはいけない。むしろ逆に、現実的な物理の いろんなところでこの調和振動子は顔を出すのである。というのは近似的に考えればたいていの力学系はは平衡点を中心として変位に比例するような力を受けて いる物体と考えることができるからである。たとえば固体の分子に発生する振動も調和振動子と考えてよい。
また、電磁場など、連続的に空間に拡がっているような系も、フーリエ変換などの技法を用いてうまく分解してやることで調和振動子の集まりと考える ことができる。そもそも量子力学の始まりはプランクが光(電磁場)のエネルギーがnhνのようにhνの整数倍に「量子化」されることに気づいたからであっ た。以下で具体的計算を述べるが、nhνのようにエネルギーが量子化されることはまさに調和振動子の特徴である。つまり調和振動子は最初に見付けられた量 子力学的系であるとも言える。理論的にも応用的にも、調和振動子の量子力学は非常に重要なのである。
1次元調和振動子を古典力学で扱う場合、ハミルトニアンは
H=p^2 + mω^2 x^2
である(ばね定数kをmω^2と置いた)。これを量子力学で考えるには、シュレーディンガー方程式
(-^2 + mω^2 x^2)ψ(x)=Eψ(x)
を、無限遠で0になるという境界条件で解いていけばよい。この境界条件は、無限遠では位置エネルギーmω^2x^2が 無限大となることを考えれば当然である。
まず方程式の無次元化を行う。x=αξとして、ξが無次元の量であり、αが長さの次元を持っているとする。 = (1/α)と変化するから、
(- (^2/2mα^2)+ mω^2α^2 ξ^2)ψ(x)=Eψ(x)
ここで両辺をωで割って右辺の係数を無次元化する(定数として使える文字は,ω,mしかない。この組み合わせでエ ネルギーを作るとするとω)。
(-(/2mωα^2)+ (mωα^2/2) ξ^2)ψ(x) = (E/ω)ψ(x)
α=\sqrt{/mω},E=(λ+)ωとしておく(λ は無次元の定数。+ をつけて定 義したのは、後で出てくる式を簡単にするため)と係数が簡単になって
( -+ ξ^2
)ψ=(λ+)ψ(x)
ψ = (ξ^2-2λ-1)ψ
という形になる。
無限遠でのこの波動関数はe^(-ξ^2/2)に比例することは方程式の形からわかる。無限遠方す なわち|ξ|→∞ では、この方程式は
ψ = ξ^2ψ
という形になる。それゆえ、「二階微分するとξ^2が前に出てくるような関数」になっているだろう。e^{-{1/2}ξ^2} は一階微分するとξ が前に出てくる関数であるから、これを満たしている(厳密に計算すると多少ずれるが、そのずれは|ξ|→∞で無視できる量)。この条件だけならばe^ {{1/2}ξ^2} もOKだが、この解は遠方で発散するので有り得ない。
【問い】 こうやって求めた漸近解e^(-{1/2}ξ^2)を元の方程式に代入する と、λ=0すなわちE= ωの時の解になって いることを示せ。 |
これでとりあえず、一つの解
ψ=A e^(-ξ^2/2)
が求まった。この場合、E=ωである。実はこれ が解の中では最低のエネルギー固有値を持つもので、基底状態の波動関数である。
これ以外のEの値でも、解は遠方ではe^-(1/2)ξ^2の形になると考えられるので、
ψ=H(ξ)e^(-ξ^2/2)
と置いてみよう。ただし、H(ξ)はξの多項式で、H(ξ)e^-(1/2)ξ^2は|ξ|→∞で0 に収束するとする(H(ξ)をかけたことで「無限遠で0」という性質を失わないとする)。元の微分方程式にこれを代入してH(ξ)に対する微分方程式を作 ると、
H(ξ)-2ξH(ξ)+2λ H(ξ)=0
となる。この式は量子力学の誕生以前に知られていたエルミートの微分方程式である。
【問い】実際に上の結果が出ることを確かめよ。 |
後はこれを級数展開を使ってえっちらおっちらと解いていってもいいのだが、ここではもう少し楽な方法を紹介する。
ルジャンドル陪関数の時に、L_±を使って次々と固有関数を求めた。あの時は
という手順で行った。この真似をして、調和振動子のエネルギー固有値と固有関数を求めて行く。
という手順で計算していく。上昇演算子をわざわざa^†と†つきで書いているのは、昔から下降演算子の方をaと書くのが習慣 だからである。aが下降演算子であるということは[H,a]=-ε aだということ。この式の両辺のエルミート共役をとると、[a^†,H]=-ε a^†となる(交換関係のエルミート共役を取ると順番がひっくりかえることに注意)ことから、aが下降演算子ならa^†が 上昇演算子であることがわかる(実は角運動量の場合も(L_-)^†=L_+が成立 していた)。
aを求めるのはそんなに難しくない。まず、
a^†= A(x+ α p)
のようにx,pの一次式で書けることを仮定する(A,αは後で決めるが、複素数の定数)。今 H= p^2+mω^2x^2で あるから、交換関係をとってやると、
[H,a^†]= A[p^2+mω^2 x^2, x+α
p]
= A[p^2, x]+ mω^2
Aα[x^2, p]
= A (-2i p)+ mω^2 Aα(2i x)
=-iA
( {1/ m} p - mω^2 α x)
この式の右辺がε A(x+α p)になればよいので、
-i {1/ m}= εα,
i mω^2
α = ε
これを解くためにまず左の式に右の式を代入すると -i {1/ m} = (i mω^2 α )αとなるので、
-(1/ m^2ω^2)=α^2
となり、結果α=±i/mωとわかる。これを元の式に代入して
± ω = ε
となるが、εは正の数なので、復号はプラスをとる(ε=ω)ことにして、
a=A(x+i{1/ mω}p)
となる。
a^† =A^*(x-i{1/ mω}p)
である。ここでaとa^†の交換関係をとってみると、
[a,a^†]=AA^*[x+i{1/ mω}p,x-i{1/ mω}p]=i{1/ mω} AA^*([p,x]-[x,p])={2/mω} AA^*
となる。A=e^iθとすれば右辺 は1となって後々楽なので、そうすることにする。Aの位相θは決まらないので、これまた簡単のため0と選 んでおく。結局、 a,a^†に関しては
[a,a^†]=1
という交換関係を満たす。
a=( x+i{1/ mω}p ), a^†=( x-i{1/ mω}p )
逆に解くと、
x = (a+a^†), p = i(a^†-a)
である。これを元のハミルトニアンに代入すると、
H = ( i(a^†-a)
)^2 +mω^2( (a+a^†)
)^2
= -{1/ 4} ω ( a^†-a ) ^2
+{1/4}ω
(
a+a^† ) ^2
= -{1/ 4}ω ( (a^†)^2-aa^† -a^†
a + a^2 ) +{1/4}ω ( a^2 + aa^†
+ a^† a+(a^†)^2 )
= ω( aa^† +
a^† a )
= ω(
a^† a + )
この形になると、[H,a^†]=ω a^†は自明である。このa,a^†を 無次元化された変数ξで表せば、
a=(ξ + ) , a^† =(ξ - )
である。
角運動量演算子のL_±の場合でもそうだったが、固有値はどんな値でもとれるわけではない。エネルギー固有値には下限がな くてはならない。そうでない(底無し)場合、「物事はエネルギーの低い方に落ちていく」という法則(よくこういう法則があ ると言われるが、実際 には物理にはこんな法則はない。物理に存在するのは「一個の物体がエネルギーを占有しているとエントロピーが低いから、回りにエネルギーをばらまいてエン トロピーがあがった状態に以降する」という法則(つまりは熱力学第2法則)である)にしたがってどんどんエネルギーが低くなっていってしま う。
最低状態があるとすると、それにaをかけて新しい状態を作ることはできない(もしできたら、その状態は「最低状態よりも低い状態(?)になってし まう)。そこで、最低状態の波動関数ψ_0は
aψ_0=0
をみたすとしよう。すなわち、(ξ + )ψ_0=0
である。こうなるような関数は
ψ_0= e^(-ξ^2/2)
である。このψ_0で表される状態を「基底状態」と呼ぶ。 基底状態の波動関数にa^†をかけていくことでそれよりも ωだけエネル ギーが高い状態を次々とつくり出していくことができる。
a^† e^(-ξ^2/2)= ξ e^(-ξ^2/2) (E={3/2}ω)
a^† ( ξ e^(-ξ^2/2)
) = (ξ - ) (ξe^(-ξ^2/2))
=(2ξ^2-1)e^(-ξ^2/2)
以下同様にエネルギー固有値と固有関数を求めていくことができる。当然、まじめに微分方程式を級数展開をつかって解いても、結果は一致する。
基底状態はE={1/2}ωだけのエネルギーを持つ。この最低エネルギーのことを「零点振動のエネル ギー」と呼ぶ。古典力学的に は最低エネルギーとは粒子が原点に静止した状態であり、エネルギーは0である。しかし量子力学的には原点で静止している(つまり運動量も位置も0という値 に確定している)ということは有り得ない。これは不確定関係のおかげである。
我々に観測できるのは常にエネルギーの変化量なので、エネルギーの原点はどこに選んでもよい。よって、零点振動のエネルギーを0と置いてもよい。 ただしその場合は古典的な調和振動子のエネルギーH = p^2+ mω^2 x^2に 比べ、ωだけ小さい量になっている。
最後に量子力学の始まりとなった事実、「光のエネルギーがhνの整数倍」ということを確認しておこう。z方向に進行する電磁波の場合、電場のx成 分E_xの充たす方程式は
(- )E_x=0
このE_xをフーリエ変換して
E_x(x,y,z,t)=∫ dk_x dk_y dk_z E_x(k_x,k_y,k_z,t)e^i(k_x x+k_y y+k_z z)
としよう。これを方程式に代入すると、
( - ) (
∫ dk_x dk_y dk_z E_x(k_x,k_y,k_z,t)
e^i(k_x x+k_y y+k_z z) )
=0
∫ dk_x dk_y
dk_z ( -(k_z)^2
- ) E_x(k_x,k_y,k_z,t)
e^i(k_x x+k_y y+k_z z) =0
これはつまり、
(-(k_z)^2 -) E_x(k_x,k_y,k_z,t)=0
あるいは、
E_x(k_x,k_y,k_z,t)=-c^2(k_z)^2 E_x(k_x,k_y,k_z,t)
ということであり、調和振動子の運動方程式
x(t)= -ω^2 x(t)
と比べると、ω=ck_zとすれば、E_x(k_x,k_y,k_z,t) がx(t)に対応していることになる。つまり、電場をフーリエ展開した各成分が一個一個、調和振動子に対応していることになるのである。
粒子の量子力学で「座標x、運動量pを演算子と考える」という方法でシュレーディンガー方程式を作ったように、電磁場にたいしても「電場、磁場を演算子と考える(実際には電場や磁場より、ベクトルポテンシャルと静電ポテンシャルφを基本に考えることが多い)」という方 法で「電磁場の量子論」を作ることができるが、上に述べたように方程式が同じ形をしているので、結果も同様になる。ただ電磁場の方が(k_x,k_y,k_z) の関数である分だけ「数が多い」だけのことである。
光のエネルギーがωを単位として量子化されたのは、光(電磁場)が無限個の調和振動子のあつまりでできているからであると考えることができる。光 に限らず、電子などその他の物質についても、空間に分布した物質場を調和振動子の集まりと考えて量子化することができる。これを「量子場の理論」と呼び、 現代の素粒子論、物性理論などの基礎となる考え方である。