アンペールの貫流則の謎

アンペールの貫流則の謎:解答編

問題編

 たぶん、この謎を出されてすぐに気が付くことは

有限長さで終わる電流なんてあり得ないんじゃないか?

ということではないかと思う。実はこの謎は学生時代に同級生が「なんでだろ?」と悩んでいたものなのだが、その時わしは「そんな電流存在しないから、その謎には意味がないんじゃないか」と言ったように記憶している。

 しかし、「存在しないから意味がない」というほど意味がなくはないのである。というか、「意味がない」では思考停止であって、あったらどうなるのかを考えてこそ物理をやる意味がある。だいたい、こういう途中で終わる電流、作ろうと思えば作れるのである。たとえば電流の出発点で正電荷をえいやっと投げ、終着点でその正電荷をキャッチすればよい。だから、「そんな電流はないから答えが違って当然」という答えを出し、そこで終わっちゃった人は、正解への道をたどってはいるが、今一歩踏み込みが甘い。猿が英語をしゃべったとたんに試写室を出てしまって後で恥をかくタイプなので気をつけよう。

 この場合、確かに電流は出発点と終着点の間にだけ存在しているのである。ではこの場合、アンペールの貫流則とビオ・サバールの法則では答えが違ってしまうのだろうか。

Ampere3.png

 そこでもう一度今考えている舞台設定を見なおしてみる。電流の出発点で正電荷を投げ、到着点でキャッチしている、ということは、出発点の電荷はどんどん減っていき、到着点の電荷はどんどん増えていく。最初0であったとしても、時間がたつと左の図のように正電荷と負電荷の固まりができているはずである。この電荷は磁場に寄与しないだろうか。

 もし、時間的に変化しない電荷なら、もちろん寄与しない。しかし電荷が増えていくと、電荷のつくる電束が増えていく。そして、電束が増えることは電流が流れるのと同じことであるということを、マックスウェル大先生はおっしゃっているのである(変位電流)。図でわかるように、電荷によって作られる電束は電流と逆を向く。この電束が増加することは下向きの電流が流れるのと同じ効果を生むから、電流Iはこの変位電流の分だけ割り引きを受けることになる。つまり、アンペールの法則でも、変位電流を計算にいれてやれば、やはりできる磁場は無限に長い電流の場合より弱くなるのである。

 念のため検算しておこう。ややこしい計算はいいや、という人は以下、赤字の部分を飛ばすこと。

 Qが作る電束のうち、今考えている半径rの円を貫いているものをまず計算する。これは、Qからまっすぐ降ろした線と円上の一点へ向かう線の角度ΘがsinΘ=r/Rを満たす角度になるまでの立体角積分をすればよいから、

$$\int d\phi \int d\theta \sin\theta =2\pi(1-\cos\Theta) $$

となる。全体で4πの立体角のうち、この部分に入る電束は Q(1-cosΘ)/2 となる。上としたに電荷は二つあるので2倍して、円を通る電束は下向きに Q(1-cosΘ) 。Qの時間増加はIに等しいから、変位電流は I(1-cosΘ) となり、電流Iは IcosΘに割り引かれることになる。よって、変位電流も計算にいれてアンペールの法則を適用するならば、答は

H=I cosΘ/2πr

となる。ビオ・サバールによる計算の方は、zの積分を∞でなく、-LからLのように有限に直す。結果は上と等しくなる。

 さて、ここまでを読んで「よっしゃわかった!」という気持ちになって納得しちゃった人。  こういう人は仕事の帰り道でどぶにはまるタイプなので、暗い夜道には気をつけよう。  なぜなら、ここまで来たら当然、もう一つの疑問が出てこなくちゃいかんのである。それは、ビオ・サバールの法則を使った計算のほうにはなぜこの変位電流が入ってこないのか、ということである。 変位電流による磁場は相殺する 入ってこない理由はこうである。ビオ・サバールの法則は電流のある場所すべてについて積分せねばならない。変位電流を考えると、宇宙全空間にわたっての電束が変化しているので、宇宙全体の電束の時間変化から生じる磁場を全部積分をする必要がある。この場合、電束の変位電流による磁界は対称性から相殺されてしまうであろうことは容易にわかる。 右の図は●から出ている電束を表す図だが、●とを結んだ線に関して対称な位置に出来ている電束によってできる磁場どうしが相殺しあうことがわかる(右ネジの法則で考える)。ビオ・サバールの法則による計算では「全ての電流を積分」という操作が入るため、対称性のよい電流による磁場は相殺してしまうということがよく起こるのである。

 念のため註:実際には電荷の増加に比べ、電束の増加は電場が伝わる時間の分遅れる。ただし、ここで対称性によって相殺するという議論には、この遅れは影響しない。  念のため註その2:教科書ではよく、ビオ・サバールの法則やアンペールの貫流則の説明に「この法則は定常電流に関する法則である」と注意書きしてある。今考えている場合、電荷は定常ではないが変位電流は定常であるから法則の適用範囲はぎりぎり逸脱してない。定常電流でないとまずい理由は電場や磁場の伝達速度を考慮してない法則だからである。

 以上から、一見矛盾した結果を導きそうな二つの法則は、電流が止まったところでは電荷が増加してくるというある意味当然のことに注意すれば何の問題もなく両立することがわかった。  電磁気の法則というのは、ほんとにうまくできている。


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Last-modified: 2024-01-12 (金) 21:34:19