仮想仕事の原理

 この項は解析力学をよくわかっている人にとっては「何をいまさら」な内容であることをお断りしておく。むしろ、解析力学の最初でつまづいちゃってにっちもさっちもいかなくなった人向けに書いている。解析力学の達人から見れば、以下の説明は高尚さが足りないように思うかもしれないが、そういうわけなので許して欲しい。

 たいていの解析力学の本の最初に出てくるのがこの仮想仕事の原理なのだが、どうも学生さんと話していると、難しい原理だと考えすぎてわかんなくなっているんじゃないかと思える。って、えらそうに言っているが、実は

昔のわしも、えらく難しい原理だと思い込んで、ずっと「わかんねえよ〜」と思ってたのさ。

 実は仮想仕事の原理というのはそんな難しいものではないのだ。以下のように導くことができる。ある物体に働く力がつりあっているとする。

 式で書くなら、

$\vec F_1+\vec F_2+\vec F_3+\cdots+\vec F_N=0"$ (式A)

である。この式に、適当なベクトル$\vec x$をかける(かけるというのは内積の意味の掛け算である)。

$\vec F_1\cdot \vec x +\vec F_2\cdot \vec x +\vec F_3\cdot \vec x +\cdots +\vec F_N\cdot \vec x =0$  (式B)

このベクトル$\vec x$を、「物体が動いた変位ベクトル(A点からB点に動いたとするなら、ベクトルAB)」と考えれば、この式は「力がする仕事=0」と解釈できる。  つまり、運動方程式というよく知られている式に、ベクトルxをかけただけ。ほんとに、それだけなのである。

「$\vec x$かけただけで新しい原理ができるなんて、なんて簡単なんだ!」と怒りたくなるぐらいに、簡単な話なのである。

vw.png

 実際には物体は動いたわけじゃないから、この仕事を仮想仕事と呼ぶことにすると、

 力がつりあっている → 仮想仕事=0

とまとめることができる。実はこの逆も成立する。

 仮想仕事の原理ってのはただこれだけのことである。とはいえ、いろいろ疑問が沸いてくるだろうから予想される疑問に答えておこう。

逆、つまり「仮想仕事=0 → 力がつりあっている」が成立するのはなぜ?

 $\vec x$が任意だから。つまりxにいろんな値を入れていけば、つりあいの式を再現することができる。つりあいの式ってのは実は(3次元の話なら)x成分、y成分、z成分各々に関する、3つの式が連立した式なんだけど、この3つのうちx成分の式を出すためには、仮想仕事の式でベクトルxを、(1,0,0)(x成分だけ1で他は0)とすればよい(y,z成分も同じ)。

この説明だと、xはなんでもいいことになるけど、私の読んだ本には「運動が可能な方向に限る」と書いてあるけど?

 運動が可能な方向に限るのは「そうすると便利だから」という理由と「そうしないと不自然だから」という理由がある。もう一つ、連動して動く物体について考える場合には注意が必要だが、それについては後で書く。

 まず何が「便利だから」なのかを説明しよう。たとえば(まさつのない)チューブの上に球が入れてあり、球はチューブ内を動くことができるが、そこから外に出ることはできないとする。

tube.png

 こういう場合、チューブに垂直な方向に力が働いて外に出るのを邪魔していることになる。こういう運動可能な方向に垂直な力というのは、物体が「運動可能な方向」にしか運動しないように制限を加えている力であると考えることができるので、「束縛力」と呼ぶ。運動が可能な方向、つまりチューブに平行な方向にxを取ると、xとこの力は垂直なので、内積取ると0になって仮想仕事の式には入ってこない。どうせなら式に入ってくる力は少ないほうが解きやすいでしょ、ということだ。

 もう一つの理由(「不自然だから」の方)は、今の場合運動が可能な方向以外に動かすということはチューブを突き破るということになって不自然(突き破っちゃったらもう力働かないでしょ!)だからである。しかし、(式A)から(式B)を作るのは単にxというベクトルをかけるだけの計算なので、xがどういうベクトルであるかなどとは無関係に、(式A)が成立すれば(式B)も成立する。ただ、実際に動かない方向を使って式を立てても、不自然でなおかつ扱いにくい(束縛力がある分未知数が多い)式が出てくるだけなので、そんなことはしないことが多い、というだけのことである。

 つりあいの式と仮想仕事の原理が上の(式A)と(式B)みたいに自明な関係だというのなら、仮想仕事の原理なんて使う理由は何よ??

 理由その1は上に書いたことがヒントになる。$\vec x$はなんでもいいが、「運動が可能な方向」に選ぶと、上の例の垂直抗力のような、それに垂直な力は式に入ってこなくなる。束縛力は名前の通り運動を制限するように働く力なので、「重力ときたらmg」とか「ばねの力ときたらkx」のように簡単に求められない。物体を道からそらそうとする力が強ければ強くなるし、弱ければ弱くなる。それだけ、計算が面倒なのである。しかし、仮想仕事の原理を使うなら、面倒な束縛力が最初から式に出てこないように式がたてられる(これは仮想仕事の原理を使ったときには束縛力が計算できない、という意味ではない。束縛力が消えない方向への仮想変位だって考えていいからである)。

 理由その2は、つりあいの式がベクトルの式であるのに対し、仮想仕事の式はスカラーの式であるということだ。これが何がうれしいのかというと、スカラーの式は座標変換がやりやすいのである。

kasha.png

 もう一つの理由は、仮想仕事が「仕事」の形をしているために、途中で仕事が消耗してしまうようなことがない限り、複合系では内力にあたる力のする仕事は消しあってくれるということである。複雑な系の内側の事情を考えなくても計算ができるのである。

 たとえば左の図のような仮想変位を考えてみる。左の定滑車の場合、Mには重力と糸の張力の二つの力が働き、mにも同様に二つの力が働くので、結局4つの力が働いていることになる。しかし、仮想仕事で考えると、左の糸のする仕事と右の糸のする仕事は消しあってしまう(なぜなら、一本の糸だから張力は同じであり、運動方向は上下逆だから)。この「張力のする仕事は消しあう」ということに最初から気づいていれば、二つの重力のする仕事だけ考えればよいことになる。

 動滑車の場合でも糸の張力のする仕事は消しあう。mの方の移動距離は、Mの移動距離の倍ある。しかし一方で、Mは2本の糸でひっぱられているので力が2倍である。仕事は(力)×(移動距離)であるから、双方の仕事の大きさは等しくなる。符号は逆なので全体で消しあう。

 もっとややこしいメカニズムがごちゃごちゃしたようなものであっても、内力にあたる力のする仕事がうまく消しあっていることが保証されていれば(なんて書くと「保証されるんだろうか?」と不安になるかもしれないが、たいていの場合保証される(これを「仕事の原理」と言う)。でなきゃエネルギー保存則が成立しなくなってしまう)、全体としての仮想仕事を考える時には内力を無視してよろしい、ということになる。

 このありがたみは「力」で考えている時には出てこない。たとえば上の滑車の場合、力で考えたのでは消し合わせるためには努力が必要である。しかし、仕事ならばほぼ自明に消しあう。だから、仮想仕事の原理は複雑に物体が組み合わさっているような時に威力を発揮する。

 なお、このように連結されている物体に対して考える時には、上で述べた「可能な方向に限る」という注意書きには「ちゃんと仕事の原理を満たすように動かしてね!」という意味が出てくる。滑車の糸の両方にぶらさがっている物体を両方とも上に上げたりしたら、全体として仮想仕事の原理を満たさなくなる。両方上に上げることはおもりを一個ずつ考えるなら可能だが、「滑車でつながった一個の物体」として考えるなら可能でない。仮想仕事の原理が成立するにはまず、仕事の原理が成立していなくてはいけない。

 仮想仕事の原理は、式の上では「単にxをかけただけ」のものだが、その単純さの割りに、うまく使うことで複雑な問題を簡単化してくれる、ありがたい道具なのである。


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    お役に立ちましたら幸いです(前野)



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Last-modified: 2024-01-12 (金) 21:28:15