重い物体も軽い物体も同時に落ちるって本当?

 タイトルを見て、『決まっているやん』と思う人が多いだろう。だがまぁ我慢して最後まで話を聞いて欲しい。もちろんここでの話は空気抵抗は無視する。その場合、

重い物体も軽い物体も同じ加速度で落下する。よって同じ高さから同じ初速度で落下させれば、同時に地面に到着する。

とよく言われる。当然だ、と答える前になぜそうなるのかを説明してみよう。

物体に働く重力は、質量に比例する。具体的には質量m、重力加速度gならば、力=mgである。そして、運動方程式は

力=質量×加速度

であるから、

$$mg=m{d^2r\over dt^2}$$

となって、両辺のmが消えて

$${d^2r\over dt^2}=g$$

と加速度は質量に無関係になる。以上が、「重い物体も軽い物体も同時に落ちる」の説明である。

 おーけー。この計算のどこかに文句をつけるところはあるか?

 まず第1の文句。重力は実は万有引力の近似であって、ほんとうは一定ではない。

 なるほど。では重力の式mgの替わりに、万有引力の式${GMm\over r^2}$を使ってみよう。Mは地球の質量であり、Gは万有引力定数である。rは地球中心から物体までの距離。この場合の運動方程式は

$$m{d^2r\over dt^2}=-{GMm\over r^2}$$

となる。この場合でも、

$${d^2r\over dt^2}=-{GM\over r^2}$$

となる。

 ほうらみろ、やっぱり定数ではないか、って?

 いや待て。まだ、第2の文句があるのだ。以上の話には落とし穴が一つある。ずっと、地球の運動を考えていないのである。ここまでの計算ではあたかも地球が不動点であるかのごとく扱った。つまり、地球が静止する座標系をまるで慣性系であるかのごとく扱って運動方程式を出した。しかし実は地球は加速度運動している。だから、上の式はほんの少しではあるが間違っている。不動点なのは地球ではなく、地球と今考えている物体の重心なのであるから、重心を基準にした座標系で計算すべきである。

 重心は、距離rをM:mに内分した点にある。つまり地球と物体の距離がrである時、物体と重心の距離は${rM\over M+m}$となる。

 上では加速度をrの2階微分であるように計算した。しかし、実際には物体の座標(不動点を基準とした位置)は${rM\over M+m}$なのだから、運動方程式はこの“正しい座標”の2階微分でなくてはならない。すなわち正しい運動方程式は

${mM\over M+m}\times{d^2r\over dt^2}={GMm\over r^2}$   ・・・(★)

となるのである。となると

${d^2r\over dt^2}={G(M+m)\over r^2}$

という形になる。つまり、mが大きい方がrは速く減少していくことになる。

 つまり、実は「重いものほど速く落ちる!」のである。念のため注意しておくが、落ちるというのはrが地球の半径+物体の半径と等しくなるということである(r=0ではない。r=0では地球の中心にまで物体がめりこんでいることになってしまう)。

 ここで予想される反論にいくつか答えておこう。

・万有引力をmで割って加速度を出すとmに無関係になるという計算はどこがいけないのか?

 いけなくない。実は、もし最初に提示した文章が「重い物体も軽い物体も加速度は等しい」であったなら、それは反論の余地なく正しい。その加速度がrの2階微分であると考えるところに問題がある。初速度0で考えた場合、r(地球と物体の間の距離)は減少していくが、その原因には物体の運動によるものと地球の運動によるものがある。万有引力をmで割って、という計算で表される加速度は物体の運動に関係するが、地球の加速度は別の計算(万有引力をMで割る)が必要なのである。そしてこの二つの和がrの2階微分となる。つまり、物体の加速度は同じでも地球の加速度は違うということ(さらに、落下するまでの時間には両方が関係すること)が問題なのである。

・地球が静止するとして運動方程式を立てる方法はないのか?

 ある。しかしその場合は、地球が静止する座標系は慣性系ではない。だから、加速系で運動方程式を立てることになるので、慣性力が発生する。その分を考慮して計算すると、結局上の(★)と同じ式になる。なお、一般にこういう、二つの物体が共通重心の周りに運動するような場合、「一方を静止していると考えてもう一方の慣性質量をMm/(M+m)と表される換算質量に置き換える」というテクニックがある。これを使っても同じ式が出る。こっちはすぐにチェックできる。

・なんか物理的イメージがわかないなぁ。

 くどいようだけど、地球の運動をちゃんと考えてみればよい。物体が落下する時、地球は物体に引かれて上昇する。物体が重いほど、この地球の上昇は大きい。もちろんものすご〜〜〜〜く微々たる上昇の、とてつもな〜〜〜〜〜く微々たる差なのだが。あと、地球が上昇してくれば、物体に働く重力も、これまたどーしよーもな〜〜〜〜く微々たる差だが距離が近づいた分だけ増えることになるはずだ。

・この話がほんとなら、なぜ落体の加速度は質量によらない、と本に書いてあるのか?

 この結果の違いがどれくらいかというと、なんせ本質的な差はrとrM/(M+m)の差だから、M/(M+m)倍違うだけである。Mが地球の質量(10^24kgのオーダーだ(^^;))であることを考えると、ほぼ無視してよいほどの差であることは間違いない。  というわけで実用上(天体の運動でも考えているなら別だが)、全く問題がないのだから、この項全部、重箱の隅つつきであると言えなくもない(^^;)。

ここで重要な補足!!

 と、このように書いておいたところ、以下のような質問メールが寄せられた。

「物体を落とす」とここでは記されていますが、この“物体”は宇宙の彼方からの落下物でないと「重いものほど速く落ちる!」という考えは成り立たないのではないでしょうか?

地上の物体を持ち上げたのであれば、Mも変化してしまいますよね。

計算の結果の

$${d^2r\over dt^2}={G(M+m)\over r^2}$$

という式における(M+m)は、“物体を含めた、もともとの地球全体の質量”に他ならないと思うのですが・・・?

 おおっと!!

 これは私の不覚である。上の計算は全て、「地球(質量M)と物体(質量m)が離れて存在していて」という状況からスタートしている。ところが普通、「物を落とす」と言った時に考えるシチュエーションは、地面から質量mの石なりなんなりを拾い上げて、ぱっと手を離すというものだ。この場合、地球から質量mの石を取り上げた時点で、地球の質量はM−mに変わってしまっているではないか!!

 つまり、「地上にあるものを持ち上げて、落とす」というシチュエーションについては「重い物体も軽い物体も同時に落ちる!」と言ってよいことになる。

 いやぁ、まいった。というわけで上の計算は「宇宙の彼方から降ってくるもの」に対する計算になってしまっている。  問題設定には注意しなくてはいけないということがわかった。

さらに細かく考えれば・・・

 問題設定に注意しなくてはいけない、という意味ではもっと注意が必要だ、ということをさらに指摘するメールがまた別の方から来た。

でも、そこまでリアルな状況で考えるなら、あの計算式は「各質量が球対称の質量分布であることを前提としている」ことも問題にしなければいけません。すると、始めに地球が真球であったとしても、持ち上げた物体をどこから持ってきたかによって球対称からのズレ方が違うことになります。てなわけで、重い物体を地球の反対側から持ってきたら速く落ち、近所から持ってきたら遅く落ちるんではないですか?(地球の中心から持ってきたならズレないけど)

 なるほど。重箱の隅をつつくなら、ここまで真面目につつかないといけませんね。

 この状況を考えると、地球の半径をR、質量全部(後で出てくる物体も含めて)Mとして、その上にある物体の質量をmとする。で、まずそのmの方を地面から高さh持ち上げて、落とすとする。これまではここで地球(今は質量M-mとなっている)と物体に働く万有引力を

$${G(M-m)m\over (R+h)^2}$$

と考えていたわけだけど、それは地球(M-m)が球対称だと考えた場合のこと。

 そこで正しい計算をちょっと考え直してみよう。もし物体に働く万有引力をどう考えたらいいかというと、もし物体mを持ち上げた後でもまだ物体mがそこにもう一個あるとしたら、働く重力は

$$GMm\over (R+h)^2$$

そのもう一個の物体m(今、そこにあるとしたが、実際には存在しない)と持ち上げた物体mの間に働く重力は

$$Gm^2\over h^2$$

だから、この、本来存在してない部分を引いてやれば、正しい万有引力が出る。つまり、

$${GMm\over (R+h)^2}-{Gm^2\over h^2}$$

が、球対称性が破れていることを考慮した万有引力ということになる。

これから地球(今は質量がM-mになっている)と物体(質量m)の加速度の大きさの和を考えると、力÷(M-m)と力÷mを足せばいいから、

$${GMm\over (R+h)^2}-{Gm^2\over h^2}\times\left({1\over M-m}+{1\over m}\right)$$

ということになる。

 ちなみに、球対称が破れるということを考慮しない場合は、力が

$$G(M-m)m\over(R+h)^2$$

となるので、

$${G(M-m)m\over(R+h)^2}\times\left({1\over M-m}+{1\over m}\right)={G(M-m)m\over (R+h)^2}\times{M\over (M-m)m}={GM\over(R+h)^2}$$

となり、mによらない量となった。つまりは重い物だろうが軽いものだろうが同じ相対加速度を持つ、という結果が出たわけ。

 ちゃんと球対称性の破れまで考慮した場合は、上の式をさらに整理して、

$$\left({GMm\over (R+h)^2}-{Gm^2\over h^2}\right)\times{M\over(M-m)m}$$

となるわけだ。この量は、mが増加すると増大する(つまり、重いものほど速く落ちる)のか、それても減少する(つまり、軽いものほど速く落ちる)のか?

 ということでmで微分してみた。

$$-{G M R (R + 2 h)^2\over (R + h)^2 h^2 (M - m)^2}$$

という答えが出た。結果はマイナスだ!

 つまり、この設定の場合の結果は「軽い物ほど速く落ちる」ということに!!

 ここまでの話をまとめると、こうなる。

最初の考え:「重いものは地球をよく引っ張る。地球はひっぱられてわずかながら上昇するので、落下するのが速くなる」

それに対する反論:「いや待て。重いものを地上から持ち上げた分、地球は軽くなっただろう。ということは、その分万有引力が減る。その分を考慮すると今度は重いほど遅くなる。計算してみると、落下速度は変化しないぞ」

さらにそれに対する反論:「いやいや待て待て。重いものが地上からなくなった分地球が軽くなって万有引力が減るのはその通りだ。だがその減り方はもっと大きい。なぜなら今考えている物体に非常に近い部分が軽くなっているからだ。そう考えると、さっきの計算よりもっと遅くなるから、今度は軽いものの方が速く落ちることになるぞ!」

 うーん、結論が2転3転しているけど、以上のようにまとめてみるとそれぞれにリーズナブルだ。面白い。

 なお、この後に書いている質問は、これよりもずっと先に来たものである。どっちも重要な指摘である。

二つの物体を「同時」に落したら?

 みふるだーとさんより、御指摘および御質問をいただいたので追記しておく。

 御指摘は「文字通り同時に落したら状況は違うのでは?」ということ。つまり、上での計算は「重い物を落す」という状況と「軽い物を落す」という状況を別々に出現させているが、もし重い物と軽い物、二つを同時に落下させたら?ということである。

2fall.png

 なるほど、これは盲点であった。これもみふるだーとさんの御指摘だが、実際に実験するとしたらこんなふうに落下させるはずだ。上の方でやった計算では、本質的だったのは「重い物体はより地球を引っ張るから、それだけ地球が近づいてくる」ということだった。しかしこのように二物体を同時に落下させた場合なら、地球は重い物体と軽い物体との協同作業により近づくので、二つの物体に差が出ようはずもない。ただし、同時にといっても、

2fall2.png

のように逆側から近づけたならば、今度は重い物体の方が早く地表に到達する(地球がそっちに動くから)。

 さてここでもう一つ、みふるだーとさんからの御指摘かつ御質問は、「重い物体と軽い物体との間に働く万有引力も考えたらどうなりますか?」ということである。たしかに、上の二つでは無視したが、より一般的に考えるならば、

2fall3.png

のように、青で書いた二物体の間に働く万有引力も計算にいれるべきだ。これもみふるだーとさんの御指摘だが、図のような配置の場合、この青い力によって、物体の落下は速くなるはずだ。青い力は互いに作用反作用だから同じ大きさであり、それゆえその影響は軽い物体の方が大きい。ということは状況によっては「軽い方が速く落下する」という可能性もあるのではないか?

 うーむ、こりゃ難問だ。なんせ三体問題だ(^_^;)。というわけで、とりあえず最初の三物体の加速度の大きさを求めてみよう。二物体の地球との距離をRとしよう。二物体は地球中心から見てθだけ離れているとしよう。力は三種類(都合6つ)働いているが、それぞれの大きさは

地球=重い物体間:${GEM \over R^2}$

地球=軽い物体間:${GEm \over R^2}$

重い物体=軽い物体間:${GMm\over (R \sin(\theta/2))^2}$

となる。地球の質量はE、二物体の質量はMとm(M>m)とした。

 まず重い物体の方が地球に落ちる加速度、および地球が重い物体の方に近づく加速度を計算する。重い物体に働く力のうち、地球方向を向く力は

$${GEM\over R^2} + {GMm\over (2R \sin (\theta/2))^2}\times \sin{\theta\over2}={GEM\over R^2} + {GMm\over 4R \sin(\theta/2)}$$

である。地球に働く力のうち、重い物体の方を向いた力は

$${GEM\over R^2} + {GEm\over R^2}\times \cos\theta$$

である。以上から、地球と重い物体の近づく加速度(正確に言うと、地球と重い物体の間の距離を時間で2階微分したもの)を計算すると、

${GE\over R^2} + {Gm\over 4R sin(\theta/2)} +{GM\over R^2} + {Gm\over R^2}\times \cos\theta$・・・式A

となる。では次に軽い物体はどうか、ということになるが、それは上の式でMとmをとっかえたものになるはずだ。つまり、

${GE\over R^2} + {GM\over 4R sin(\theta/2)} +{Gm\over R^2} + {GM\over R^2}\times\cos\theta$・・・式B

である。式Aと式Bの差をとってみよう。

$${Gm\over 4R \sin(\theta/2)}+{GM\over R^2} + {Gm\over R^2}\times \cos\theta-{GM\over (2R \sin(\theta/2))^2}\times\cos{\p-\theta\over 2}-{Gm\over R^2} - {GM\over R^2}\times \cos\theta={G(M-m)\over R^2}\times \left(1-{1\over 4sin(\theta/2)}-\cos\theta\right)$$

となる。θ=0なら、後ろの部分は発散するが、これは二つの物体が同じ位置にくると距離0で万有引力が働いてしまうからで、気にしなくてよい。とにかく、 θが小さいところでこの${1\over 4sin (\theta/2)}$が大きくなっていくこと、これが大事である。この項がなければ答えは

$${G(M-m)\over R^2}\times (1-\cos\theta)$$y

であり、1-cosθは負にならないので、M>mならばMの方が地球を静止して測定した加速度が大きくなる。つまり、「重い方が先に落ちる」ということになる。

 ${1\over 4\sin{\theta\over2}}$の項はまさに、重い物体と軽い物体との万有引力が原因となっている項である。そして、この項があるせいでM>m であってもこの式の値が負になることがある。つまり「軽い方が先に落ちる」ということになるのである。ちなみに${\left(1-{1\over 4\sin {\theta\over2}}-\cos\theta\right)}$ のグラフは

plot.png

とこんな感じ。0になっているところはθ=π/3、つまり60度である。

 実際には今計算したのは最初の加速度だけであって、実際にこの後どんな運動するかを考えないとほんとの答にはならないが、とりあえずこういう結果です、ということで許しておいてくらはい。

 実は60度ぐらいなのではないか、ということはみふるだーとさんのメールに証明抜きの予想として述べられていたのだが、ちゃんと計算してもそうなっていた。お見事です。みふるだーとさん。そして、興味深い御指摘および御質問ありがとうございました。



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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:44