電磁気Iでは、電場および電荷に関する物理法則を学んできた。電磁気IIでは磁場と電流に関する物理法則を学ぶ。ただし、この章からしばらくは電流および磁場は時間的に変動しないものとする。
以下この章では、静磁場の持つ性質を定性的に扱う。具体的な計算などは次の章以降にまわす。
静電気の法則をざっと図表にまとめると以下のようになる。
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大事なことは「場」の概念(つまり「近接作用」の概念)である。電荷と電荷の間に力が働くことは実験事実であるが、その力が直接伝わる(「遠隔作用」)のではなく、電荷が電場(電位)を作り、その電場(電位)の中にいる電荷は力を受ける。
電荷は
の両方を持っていることになる。場に対してこのような性質を持つものを「源(source)」と呼び、以上のような作用を「場と源の相互作用」と言う。今後、磁場が加わるが、磁場には磁極もしくは電流という源がある*1。
なお、物質中の静電気現象を考える時には、 $$ \vec D=\varepsilon_0\vec E + \vec P$$
で表される「電束密度$\vec D$」も大事な物理量となる。$\vec P$は「分極」と呼ばれる量で、物質を構成する原子がどの程度の双極子モーメントを持っているかを表す量である。物質中では上に書いた法則のうち、ガウスの法則が $$ {\rm div}\vec E={\rho\over \varepsilon_0} ~~\to~~ {\rm div}\vec D=\rho $$ と修正される。
磁場というものを直観的に感じることができるのは磁石である。磁石を人類が発見したのはかなり古く(電荷よりも古い)そして、磁石に働く力は静電気と似た性質をたくさん持っている。まず、N極とN極など、同種の極が反発し、N極とS極つまり異種の極は引き合う。これは同種電荷が反発し異種電荷が引き合うのと同じである。また、実験によりこの力にもクーロンの法則が成立することがわかっている。そこで、「電荷」に対応するものとして「磁極」を定義し、N極を「プラスの磁極」、S極を「マイナスの磁極」と呼ぶ。単位としてWb(ウェーバー)を使って測定した場合、二つの磁極(それぞれ$m_1$[Wb]と$m_2$[Wb] )が距離r[m]離れている時に、 $$ F={m_1m_2\over 4\pi\mu_0 r^2}$$ という式で力を表すことができる(ただし、これは真空中の式である)。$\mu_0$は「真空の透磁率」と呼ばれ、「真空の誘電率」$\varepsilon_0$に対応する量である。
静電気力に対応して「電場」$\vec E$[N/C]という場を考えたように、「磁場」$\vec H$[N/Wb]を考えることもできる。
以上のように「磁場」を考えていく方法もある。これは電場との対応が単純になる。表にすると以下のようになる。
源 | 定義式 | クーロンの法則 | 源の単位 | 単位 | |
電場 | 電荷q | $\vec F= q\vec E$ | $F={q_1q_2\over 4\pi \varepsilon_0 r^2}$ | [C] | [N/C]または[V/m] |
磁場 | 磁極m | $\vec F= m\vec H$ | $F={m_1m_2\over 4\pi \mu_0 r^2}$ | [Wb] | [N/Wb]または[A/m] |
電場と磁場の類似点はこれだけではなく、電気力線に対応する磁力線は電気力線と同様の性質(混雑を嫌がり、なるべく短くなろうとする)を持ち、磁力をこの磁力線の力学的性質から説明することもできる。これは、電場の基本法則と磁場の基本法則であるクーロンの法則が同じ形をしているので当然と言えば当然ではある(しかし、面白い)。
ここまでの話だと、電場と磁場は二つの全く別々のもので、たまたまその性質が似ているというふうに感じられるかもしれない。実際、電気的現象と磁気的現象が科学的に研究されるようになった1600年から200年近くの間、科学者たちは電場と磁場の間の直接的関係を見つけられずにいた。この認識に大きな変化が現れたのは、エールステッド(Oersted)が「電流が磁場によって力を受けること」を発見した1820年である*2。同じ年にアンペール(Ampere)*3が「電流と電流の間に力が働くこと」を発見し、さらに電流と磁場の間の関係を深く研究している。
アンペールたちの研究により、電流がどのように磁場を作るかという法則(経験 則)が得られたわけであるが、ここでは式で説明するのは後に回し、どのような 形の磁場ができるのかだけを説明しておく。
電流によって作られる磁場の向きは「右ネジの法則」で決まる。すなわち、電流が流れていると、その電流の周りを回るような磁場が生まれる。
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図の○の中に×が書かれたマークは「紙面の表から裏へ抜ける方向」を意味する。この方向に紙面を電流が貫いている時、図のように電流の周りに同心円状の磁場が発生する。逆に「紙面の裏から表へ抜ける方向」は○の中に小さな●を入れたマークで表現する。この場合は電流の向きが逆転したのだから、磁場の向きも逆転する。「右ネジの法則」と呼ばれるのは、右ネジ*4を回転させる方向を磁場の向きと考えた時、ネジがそれによって進む方向が電流の向きに対応しているからである。
電流の作る磁場に関して、アンペールら発見者を大いに驚かせたのは、電流によって作られる磁場が磁極に及ぼす力がクーロン力のような中心力ではなかったことである。二つの電荷の間に働くクーロン力は、(引力の場合も斥力の場合も)二つの電荷を結ぶ線の上にあった。ところが磁場が電流に及ぼす力は、磁場とも電流とも垂直な方向を向くのである。それゆえ、通常の力と違って、作用反作用の法則を満足しない。作用反作用の法則は、作用と反作用が
を要求する。(3)は教科書などでは省略されていることも多い*5が、角運動量保存則を導くためには必要である(下の図を見れば、(3)を満たしてないと角運動量が保存しないことが理解できるだろう)。
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電流と磁極の間に働く力の場合、一見(3)が満足されない。より細かく調べると、電場や磁場も運動量や角運動量を持ち、電磁場も含めた系で考えるとちゃんと作用反作用の法則が満足されることがわかる(後述)。
余談ながら、アンペールがもう一つ不可解に思ったのは、この力が左右対称に見えないということである。次の図のように、磁針の上に導線が通っているところを考える。これを鏡に映したと考えると、鏡の中(鏡像)で起こることは、現実世界で起こることと逆になるように思われる。
ということは、電磁気の法則は左右対称ではないのだろうか???
この時代では、「物理法則というのは左と右を区別しない」と思われていたので、この疑問は実にもっともなものである。
この謎は、後で磁極というものの正体がわかれば氷解することになるだろう。結論を述べると、物理法則の左右対称性は(この段階では)破れていない*6。実は鏡の中のN極はS極になるのである(このテキストの後の部分を読めば、なぜそうなるのかはわかるはず)。
静磁場に関する問題については、電流と磁場の関係は
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外部から(磁石などにより)上から下へ向かう磁場が存在している場所があったとする(図左上)。ここに電流を紙面表から裏へ流すと、電流の周りを回る磁場ができる(図左下)。この二つが合成された磁場を考えると、電流の右側では二つの磁場が強め合って強い磁場となり、強い磁場の強い圧力によって電流が左に押されることになる*8。
ここで例によって磁力線を書くアプレットを見せて、いろいろな磁場の状況について考え、磁力線の力学的性質(縮もうとする/混雑を嫌う)がこのような力がなぜ働くのかを示していることを説明した。
例えば、同じ方向へ流れる2本の電流による磁場の様子は、以下の通り。
この図をよく見て「磁力線は縮もうとする」という性質を考えると、この電流の間に引力が働くことがわかる。
続いて、逆方向へ流れる2本の電流による磁場の様子は、以下の通り。
この図をよく見て「磁力線は混雑を嫌う」という性質を考えると、この電流の間に斥力が働くことがわかる。
電荷の場合同符号ならば斥力、異符号ならば引力であったが、電流は同方向なら引力、逆方向なら斥力である。一見違う法則にしたがっているようでいて、電気力線も磁力線も「縮もうとする/混雑を嫌う」という共通の性質を持っているということがこの力を生み出している。電場と磁場は、似ているようで違うが、その根本の部分で似た形を持っているのである。
この後「磁極の正体」について話す予定だったが、ここで時間切れ。
ここで、電流の周りの磁場の磁力線が円を描くことに注意して欲しい。電場(電気力線)の場合には決してなかったことである。それは静電気学の基本法則である${\rm rot}\vec E=0$が表現していることでもあった。
${\rm rot}\vec E=0$はエネルギー保存則でもある(一周回ってきた時、静電気力が仕事をしないことを表している)。さて、今わかったことは${\rm rot}\vec H=0$とは限らないということで、そうなるとここに磁極を置くと(まるで永久機関があるかのごとく)エネルギーが無限に取り出すことができそうである。もちろん実際にはできない。なぜできないかはこの授業が進むうちに話していくことになる。
できれば上の疑問は質問として出てきて欲しかったな。
電流の作るのが磁場なら、電流中の電荷がつくる電場を合成したものが磁場ってことですか?
電場と磁場は別物なので、電場をいくら合成しても磁場にはなりません。
磁場の力は保存力ではないのですか?
その答はだいぶ授業が進んでから話します。一つ言っておくと、今まで習った電磁気は全部静的な、つまり時間変化を伴わない電場や磁場です。時間変化がある電場や磁場では何が起こるか、を学んでいくと答がわかるのです。
電場と磁場の違いは${\rm rot}\vec E=0$か${\rm rot}\vec H\neq0$かというところにあるのですか?
それだけではありませんが、この違いはもちろん重要な違いです。
磁場の場合に${\rm rot}\vec H=0$じゃないというのは、なんか力が抜けている感じなんですか?
種明かしはずっと後でやりますが、ある場所でエネルギーが増えていれば、必ずどこかで減っている、というのが答になります(^_^;)(^_^;)
${\rm rot}\vec H=0$にならないんですか?
電流のあるところではなりません。それは来週やりましょう。
電流の周りの磁場の図のどこに磁石を置いても永久機関にはならないと思うんですが。
磁石(N極とS極)の場合は二つの極にされる仕事が打ち消し合うのでなりません。磁極(N極だけ、またはS極だけ)が置いてあると考えてください。ぐるぐる回る力が働いて永久機関になりそうです(もちろん、実際にはならないのですが、その理由はずっと後で)。
磁場にも重ね合わせの原理が使えるのですか?
いい質問です。そのこと言い忘れて(書き忘れて)いましたね。もちろん使えます。そこも、電場と磁場は似ています。
磁石と電気が深くつながっていることがわかったので、電磁気Iの復習もしなくてはと思った。
もちろん、電気がわからないと結局は磁場もわかりません。
磁力線と電気力線って、同じ性質を持っているんですね。
実は後になってくると、電場と磁場というのは電磁場という一つのものが二つあるように見えているのだ、ということがわかってきます。
静電場も静磁場も同じなんですね。
電流がからむ話になるとだいぶ違いが見えてきますよ。
鏡に映して同じかどうかってそんなに大事なんですか?
大事です。「物理法則が左右対称なのか?」ということはとても大事なことなんですよ。例えば今、左右対称な状態にある系が運動していくとします。物理法則(運動方程式やら何やら)が左右対称にできていれば、左右対称な状態から出発すれば最後まで左右対称なままでしょう。物理法則に左右非対称なところがあるとそうはいきません。つまり、どんな運動が起こるかも対称性に依存するのです。
右ネジの法則って、なんで右ネジで、左ネジじゃないんでしょうか?
これはまぁ、定義の問題ですね。S極が正の磁極と定義したら逆になります。
電磁気学IIは追試を受けずに通りたい(多数)
がんばってください。私もなるべくなら追試したくないので。
物理法則は全部左右対称なんですか?
いえ、素粒子論をやると出てくる「弱い相互作用」というのは左右対称でない物理法則に従います。
電気と磁気のクーロンの法則は同じ式なのに、力が桁外れに異なるのはなぜですか?
1Cの電荷と1Wbの磁極で比べるとそうなりますが、単位の作り方の問題ですね。1Cの電荷は日常ではあまり見られません。
電場と磁場はどっちが難しいですか。
残念なお知らせですが、磁場の方が数段難しいです。だから、電磁気学IIの方に回っているわけです。
磁力も電流が作っていると思っていいのですか。
はい。大本はそうなのです。
電気力線や磁力線が混雑を嫌うというのは、エントロピー増大の法則に反しているっぽくないですか?
そうかな?? むしろ電気力線や磁力線が混雑を嫌ってなるべく密度薄く散らばりたがるという性質は、エントロピー増大の方向に近いと私は思いますが。
静電場ができる条件は${\rm rot}\vec E=0$だけでいいのですか? ${\rm div}\vec E=0$はいらないのですか?
電荷密度がない場合なら、${\rm div}\vec E=0$です。一般には、${\rm div}\vec E={\rho\over \varepsilon_0}$ですね。
回転すると遠心力が働きますが、電流が回転すると磁場が遠心力の方向に働くので右ネジの磁場が発生しているのかな、と思いました
うーん、遠心力とはあまり関係ないんです。磁力線というのは(矢印で書くけど)何かの流れではないので。
電磁気学Iの内容を忘れていて焦った。
IでならったことはIIの、さらにはこれから学ぶ物理の基礎になるものなので、忘れちゃいけません。身体と頭と心に刻みつけましょう。