今日は一部の人が集中講義で抜けるということもあったので、先へ進むのではなく、ここまでの知識で内容が理解できる、相対論に関するパラドックスについて話すことにした。というわけで章が9にジャンプしているが、次から元に戻る。
相対論に関しては、いくつかのパラドックス(逆説)と呼ばれるものが存在する。これらは一見パラドックスではあるが、相対論をよく理解していれば実は不思議なものでもなんでもない。
ここで一つ注意。ローレンツ変換は、
相対論で一番有名なパラドックスであろう。ただ、このパラドックスにはいくつかのレベルがあり、深いレベルまで考えると一般相対論を使って解くことが必要になる。ここではそこまで立ち入らずに、浅いレベル(でも充分難しいし面白い)だけを考えよう。
まず素朴にパラドックスの概要を述べよう。双子の兄と弟がいるとする。兄が亜光速で飛ぶことができるロケットに乗って宇宙の彼方まで旅をして、地球に帰ってきたとしよう。弟はずっと地球で待っている。運動していると固有時が短くなる(ウラシマ効果)ことから、帰ってきた兄は弟より若い。
そこでこのような主張を誰かがしたとしてみよう。
弟および地球から見れば確かに兄は運動して帰ってきた。しかし相対的に考えて兄が静止する立場で見たならば弟と地球の方こそ運動して、兄の元に帰ってきたと考えられるのではないのか。その場合弟の方が若くあるべきだ。これは矛盾である。
確かにこれは(一見)矛盾に思える。しかし具体的に図を書いて考えてみると、そうではない。まず、兄と弟がお互いにお互いの時間を遅く感じるということを、図で表してみると以下のようになる。
授業では、弟から見ると兄が60年の間、光速の0.8倍で往復運動するという例で説明したので、その場合のグラフも載せておく。この場合は、ウラシマ効果の因子はとなる。つまり、この間に兄の時間は36年経過する。
兄が弟(地球)から一番遠くまで行って、今まさにUターンしている時の時空点は図のBである。弟にしてみれば、この時間、自分は図のAにいる。弟の同時刻線は図の水平線(一点鎖線)であることに注意。つまり、
【弟の主観】兄がOBと移動している間に、自分はOAと移動した(空間的には移動してない)。
なのである。そして、図で見るとOB>OAに見えるだろうが、兄の座標系と弟の座標系で時間の目盛りがγ倍違うことを考慮するとOA>OBとなる。
一方、兄にとっての同時刻線は図の破線(斜め線)であるから、
【兄の主観】自分がOBと移動している(空間的には移動してない)間に、弟はOCと移動した。
今回の数値で言うと、兄が18年かけて加速した間に、弟は10.8年経過したことになる。図では10.8年が30年に比べて大きすぎるが、これはグラフを書く時の都合上、ロケットの速度をもっと遅く設定しているから。
となる。この場合は目盛りの違いを考慮しても、OB>OCであるので、まとめて、OA>OB>OCとなっている。つまり、互いに互いの時間を「遅い」と感じる。ここまでは、問題は完全に「相対的」である。
問題は兄がUターンした時に何が起こるかである。この時、兄の速度が変わったことに応じて、「同時刻線」が傾きを変える。つまり、B点で一瞬で加速が終わったとすると、加速前はB点とC 点が「同時刻」だったのに、加速後はB点とD点が「同時刻」なのである。兄の主観では、一瞬で弟の時間がC点からD点までいっきに経過したように感じることになる。弟の主観では、このような一瞬の時間経過はない。この不平等性のおかげで、兄の方が時間が遅くなるという不平等性が生じる。
帰りについて考えると、
【弟の主観】兄がBPと移動している間に、自分はAPと移動した(空間的には移動してない)。
に対し、
【兄の主観】自分がBPと移動している(空間的には移動してない)間に、弟はDPと移動した。
であって、AP>BP>DPとなって、やはり問題は相対的である。つまり、兄の加速という一瞬の間だけ、相対性が崩れているのである。
帰りについても、兄は18年で、その間に弟の時間は10.8年経過した、と認識する。弟の時間は全部で60年経過するから、10.8×2=21.6を引いた38.4年だけ、兄が加速中に弟の時間の経過することになる。
ここで、「経過したように感じる」ということをもう少しまじめに検証してみよう。実際には、兄は弟から光がこない限り、「弟の時計が指している時刻」を知ることはできない。そこで弟から時報を乗せた信号が電波で兄に向けて送られていたとしよう。この電波の様子を描いたのが右の図である。図でわかるように、B点(兄のUターン地点)までは、兄が聞く時報の間隔は、弟が時報を出す間隔よりもずっと空いている。兄は「ずいぶん間延びした時報だなぁ」と思うはずである。兄が弟から遠ざかっているために、光が到達するのに余分に時間がかかるせいである。
よって、上で兄にとって一瞬の間に弟が38.4年経過する、ということを言ったが、この時兄が弟を見続けていたとしても、38.4年がいっきに経過したように見えるわけではないのである。
逆に、B地点を過ぎてからは、兄が受け取る時報の間隔は弟が出す時報の間隔よりも、ずっと短くなる。兄が近づくことによって時報が速く着くのである。よって、兄が自分の見た目だけで判断したとしたら、
折り返し点(B点)に着くまでは弟はゆっくり年をとっていたのに、折り返してからは弟の方が速く年を取るようになった。戻ってきたら弟の方が年をとっていた。
と判断することになるだろう。つまり、兄が弟を目でみている限りにおいて、瞬間的に時間がたつなどということはない。最初に述べた考え方の場合は、兄が「今見ている弟の姿は○年前に出た光のはず。ということは今の弟の年齢はこれくらい」という計算をやって自分と弟の時計を比較しているのである。そしてこの計算法が、Uターンする前とした後でがらっと変わってしまう(同時刻がずれるから)ために、一瞬で弟の時間がたってしまうという結果になる。
別の言い方をすると、弟は常に一つの慣性系の上に乗っているが、兄はそうではない。往路の慣性系と復路の慣性系は別の座標系であり、加速する時に兄は「座標系の乗り換え」を行う。その時に時間がずれるのである。
つまり、双子のパラドックスがパラドックスに見えてしまうのは、ローレンツ変換の要素のうち、「ウラシマ効果」だけを見ているからである。「同時の相対性」も関係することに着目すれば、パラドックスは解ける。
ここで、もう一歩つっこんだ主張をしてみよう。
相対論の本質は「物理は相対的であって、どっちが静止しているかを決めることはできない」というものではなかったか。ならば兄の方が動いたと考えなくては問題が解けないというのは、相対論の本質にもとるのではないか。
ところがそうではない。大事なことは、兄が途中で「減速+加速」をしているということである。「(二つの慣性系のうち)どっちが静止しているか決められない」とずっと述べてきたが、加速をしている間の兄は慣性系にはいない。物理的には、この間大きな慣性力を受けているはずである(急ブレーキと急発進をしているのだから)。この慣性力が働くか否かという物理的な違いによって、兄は自分が慣性系にはいないことを実感できる。弟にはもちろんそんなことはない。つまり、兄と弟の立場はこのような意味で(物理的に)対等ではないのである。
お兄さんがストップしてからまた動くんじゃなくて、ぐるっと円を描くようにして地球に戻った場合でも、この時間差はできるんですか?
できますよ。その場合、ロケットが直線上じゃなくて平面的な動きをするので、時間軸を合わせて3次元的に考えなくてはいけません。兄が止まっている状態から加速していくと、兄にとっての同時刻面(この場合は線でなく面になる)が傾きます。兄が円運動するに従って、同時刻面も一緒に回転します。そして、その回転の結果、やはり時間差は出るのです。
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さらにこのパラドックスに対して深く考えると、次のような主張もできる。
なるほど、兄は慣性力を感じるから自分が慣性系にいないことがわかる、というのはもっともらしい。しかし兄はそれを慣性力と考えず「ややっ、突然宇宙全体に重力が発生したぞ」と解釈することも可能であるはずだ。そう考えたとしたら、やはり動いているのは弟の方になるのではないか。
運動が相対的かどうか、という話が「宇宙全体に力が発生したとしたら?」という疑問にまで拡大するあたり、マッハによる「ニュートンのバケツ」問題を思い出させる。残念ながら、ここまでつっこんだ質問をしてこられると、この講義の範囲内では解答は出せない。一般相対論を使うと「重力が発生した」という立場で問題を解き直すことができ、この立場で計算すると重力の影響で時間にずれが生じるので、やはり兄の方が若くなる。
「ローレンツ短縮に関してはどうなっているのか」という点をテキストでは書いていなかったのでここに記しておこう。弟にとって、兄は30年かけて24光年先まで行った(そしてUターンして戻った)。では兄の立場ではどうだろう?
出発してから停止するまで、兄にとっては18年である。兄にとっては自分が止まっているが、地球の方が0.8cで遠ざかっていくことになる。すると地球は14.4光年しか移動しない。これはおかしい、と思うかもしれないが、地球にとっての地球と兄のUターン地点との距離24光年が、ローレンツ短縮によって、24×0.6=14.4光年に縮んでいるのだ、と考えれば不思議なことは何もない。
おもしろいことは、Uターンするためには、短い時間ではあるが静止する必要がある、ということである。静止すると、ローレンツ短縮が解けて、地球とUターン地点との距離は24光年になる。つまり、兄にとっては地球がいったん、14.4光年向こうから24光年向こうまで行ってからまた14.4光年のところまでもどってきて、再び0.8cで近づいてきた、というふうに感じられるのである。実際には兄は静止していないのだからグラフに書くのはムリがあるが、ムリヤリ書いてやると以下のようになる。
なお、このグラフは慣性系でのグラフではないことに注意。だから、弟(地球)が光速を越えて動いているようにみえるが、それは心配ない。慣性系でない座標系では、光が45度で進むとは限らない。
続いて、ローレンツ収縮(もちろん新しい意味の方)に関するパラドックスを紹介しよう。
今、2台のロケットAとBが、それぞれ星αと星βの近くにいる。
2台のロケットの距離(星αと星βの距離)はLであるとする。ここでこのロケットが同時に加速して、瞬時に速度vに達したとする。すると、ロケットとロケットの間隔はローレンツ収縮して、(
)となるはずである。ではいったいこの2台のロケットの位置関係はどのようになるのだろう?}\end{quote} たとえばL=10光年として、
とすると、
なので、
は6光年となる。
「瞬時に加速したんだから、まだBはβの近くにいるだろう」と考えると、
となる。しかしこれでは、Aが一挙に4光年もαから離れてしまっている。しかし、「まだAはαの近くにいるだろう」と考えると
となって、今度はBが4光年もバックすることになる。「じゃあきっと真ん中でしょ」と考えると、
となってAが一瞬で2光年進み、Bが一瞬で2光年バックすることになる。そんなばかなことはないだろう。
実際にどうなるかという解答は、わかりきっている。「Aはαの近くにいるし、B はβの近くにいる」というものである。一瞬で加速したというのだから、まだ遠くまで行っていないのは当然である。
相対論で何かの運動を考えていてよくわからなくなった時は、(x,ct) のグラフを書いてみるのがよい。2台のロケットの動きを(x,ct)グラフに書き込めば、右のようになるだろう。当然、ロケットとロケットの間隔はLのままである(もしロケットの間隔がに変化するとしたら、どんな変な図を書かなくてはいけないか、考えてみるとよい!)。
では、動いている物体は長さが縮むという、(新しい意味での)ローレンツ短縮の話は間違いなのだろうか?
ここでもう一度前章の(新しい意味での)ローレンツ短縮について考えてみよう。長さLの棒を、棒に対して動いている座標系から見ると、長さがに見える。今は棒がロケット間の距離に変わっているが、本質的な内容は同じである。ここで上の考察と、ローレンツ短縮の両方が満足されるとしたら、「ロケットが加速し終わった後のロケット静止系では、ロケットAとロケットBの間隔は
になっていて、それがローレンツ短縮してLになっている」と考える他はない。
しかし、静止していた時にLだったロケットの間隔が、動き出すと伸びるというのはなぜだろう???
そこで、このパラドックスの問題文を読み直してみよう。相対論を考えるときには注意深く使わなくてはいけない言葉が無造作に使われているのに気が付くはずである。それは、「ここでこのロケットが同時に加速して、瞬時に速度v に達したとする。」というところの`同時'である。相対論において、ある座標系で同時に起こることは別の座標系では同時に起こらない。
ということを思い出して、さっきの時空図に、ロケットが加速し終わった後のロケット静止系を書き込んでみよう。結果は上左の図のようになる。この座標系(x',ct')での同時刻面はx'軸が示すように斜めに傾く。それゆえ、この座標系で見ると、ロケットの先端の方が先に加速し始めたことになる。
これをよりよく見るために、(x',ct')座標系が水平・垂直になるように書き直したのが上右図である。このように、加速後の座標系を基準にとって考えると、ロケットは先端が先に加速を始めるので、結果として「伸びる」ということになる。
相対論では離れた場所の「同時」は座標系が変わればどんどん変化する。それゆえ、「2台のロケットが同時に発進する」などという表現には注意が必要なのである。同じ理由で、相対論においては「変形しない物体(剛体)」などというものはあり得ない(もっとも、全く動かないか等速運動を続けるのなら話は別)。何かの加速を受けると必ず、その物体内の別の場所は(座標系によっては)別のタイミングで加速させられてしまうからである。
伸びるというのはタイミング合わないからですよね?
この二台のロケットは、加速前の時間軸、空間軸で考えて「同時刻に出発しよう」と示し合わせているわけです。ところが、打ち合わせどうりに加速したにもかかわらず、加速後の座標系で見るとそれは同時ではなく、Bが先に動き出してます。
そこを調整するとかなんとかならんもんか、と思うかもしれませんが、たとえばBがAに「はよ動かんかい!」と信号送ったとしても、それがつく頃にはもうAは間に合わない加速を終了させた後です。逆にAがBに「あんた速すぎる!」と言うこともムリです。それを言うにはまずBの発進(加速)を知らないといけないけど、加速を知るにはやっぱり光が到着しないといけないから、だいぶ後。そんな後になってから「おい、お前加速速すぎるぞ」と信号送ったところで、その信号がつくころには後の祭りです。
このパラドックスの場合は「ローレンツ短縮」だけをclose-upして、またしても「同時の相対性」を忘れたためにパラドックスに見えてしまったわけである。
2台のロケットのパラドックスに似た問題である。簡単に言うと「固有長さL の車を固有長さ(
)のガレージに入れることができますか」という問題である。
常識的に考えればできないに決まっているが、車の方が亜光速で走っているとすれば、その長さはに縮む。だからガレージの中に車が亜光速でつっこんできて、中に入ってしまっている時にさっとドアを閉めれば車はガレージの中に入る。そのまま亜光速で走り続ければ壁に激突して壊れるだろうが、今は壊すかどうかは関係なく、入るかどうかだけを問題にしている。「壊して入れるのは入れるうちに入らない」という反論は却下である。
これがなぜパラドックスかというと、相対論的考え方をして、車が止まっていてガレージが走ってくる座標系で考えてみると、入らないように思えるからである。この場合はガレージの方がに縮んでいるのであるから。
このパラドックスがどのように解決されるか、正解は述べないが、ここまでの講義で「相対論的考え方」を身につけることができている人なら、上の文章の中に相対論的に考える時に注意しなくてはいけない表現が混じっていることに気づくだろう。
[演習問題9-1]9.3節のガレージのパラドックスの回答を説明せよ。
今日の授業で高校からもっていたうやむやが解けました。
こうやってまとめてみるとパラドックスと言っても単純でしょ。
双子のパラドックスで、加速している方が途中で座標系は乗り換えなければならない、というところになるほど、と思いました。
そこがこの話の肝ですねぇ。
双子のパラドックスで止まる時一瞬だけ長さが24光年に伸びるという話をしてましたが、メジャーか何かで測っていたらどうなるの?
メジャーは、メジャーの静止系で測った長さを示します。そういう意味では兄のロケットが加速したからといって、メジャーが一緒に加速していないのなら、特に変わったことは起きず、ずっと24光年を示しているでしょう。
瞬間的に時間が経つというのはびっくりする(複数)
確かにね。なんか不思議です。
浦島太郎が宇宙人なら面白いと思いました。
まさかとは思いますがほんとだったら面白い。
二台のロケットのパラドックスで、スタートがずれるのがわからなかった。連絡取っているのになぜずれるの??
連絡を取って示し合わせた時刻が「止まっている時の同時刻」だからです。同時刻面というのは動けば変わるので、動き出してから考えるとずれてしまう。
Aが加速した瞬間の同時刻で考えると、Bはすでに加速しているというのはわかるんですが、ロケットBが加速した瞬間、ロケットAはどこにいるんですか? ここ(下の図)でいいんですか??
そこでいいですよ。加速終了後のBにとっては、斜めの線こそが同時刻なんですから。加速終了後のBの立場で考えると、Aは左へ進んでいることになります。しばらくしてから止まるということです。その分距離が伸びる。
今までやっている相対論って、特殊?一般?
今やっているのは特殊相対論です。一般相対論の授業は4年次にあります。
二台のロケットのパラドックスは、どんな加速をしても長さはLになるんですか? どうしてそんな必要が??(複数)
元々の距離Lの二個の物体が、全く同じ運動をしているのです。となれば、間隔が変わる方がおかしい。
先端のロケットが先に出発して、ロケット自身の長さがローレンツ短縮したら、ロケットの間の距離も短くなってしまうのでは?
なりますね。ちなみに、ロケットの先端と後端についても実は同じ話が言えて、ロケットの先端と後端が静止系での同時に加速すると、ロケットは伸びます(下手すると壊れる)。
ローレンツ変換の中身の一つだけを見ているからパラドックスに見える、というのが面白く感じました。
相対論というのは(というか現代物理みんなですが)うまくできているので、パラドックスに思えることがあったとししたら、何かを考え落としているということなのですね。
相対論がうまくできているというのことが実感できてよかった(多数)。
物理はほんと、うまくできてます。
相対論というものの一部分が見えてきた気がした。どうして面白いことは難しいのですか。面白いから難しいのか、難しいから面白いのか。
やはり、難しいから面白いんじゃないかな。