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第6章 ローレンツ変換と物理現象

6.1 速度の合成則

denshagosei.png

今、速度vで走っている電車の中で、(電車の中から見て)速度uでボールを投げたとしよう(この人を以下「Aさん」と呼ぶ)。これを電車外にいる人(以下「Bさん」)が見るとどれだけの速度に見えるだろう???

ガリレイ変換的な`常識'からすると、「u+vの速度に見える」ということになるだろう。しかし、その常識はもはや通用しない。たとえばAさんがボールではなく光を発射したとすると、その光はAさんからみて速度cで進むが、Bさんから見ても速度cで進む。ガリレイ的常識には相容れないが、光速度不変の原理という「実験事実」の示すところである。ということは、「u+vの速度に見える」という`常識'も、もはや危ない。

そこで、以下で相対論的に速度の合成を考えていくことにしよう。手がかりとするのはもちろん、ローレンツ変換である。

u+v.png

二つの座標系(x,ct)座標と(x',ct')座標を考える。x'座標系の原点はx座標系で見ると速度vで運動している。(x',ct')座標系で速度uを持っている物体の速度は、(x,t)座標系ではいくらに見えるだろうか。つまり「速度vで動く電車の中で速度uで走る人は、外から見るといくらの速度に見えるか」という問題を考えよう。ガリレイ変換的``常識''ではこれはu+vとなる。

(x',ct')座標系で見て速度uで動く物体の軌跡は、x'=ut'で表される。この式を(x,ct)座標系で表せば、x=Vtだったとする。座標変換してみると、

\begin{array}{rl}  x'=&ut' \\ \gamma(x-vt)=&u\gamma(t-{v\over c^2}x) \\ x-vt=&ut-{uv\over c^2}x \\ x+{uv\over c^2}x =&ut+vt\\  x=&{u+v\over 1+{uv\over c^2}}t \\ \end{array}

となる。つまり、(x,ct)座標系でのこの物体の速度Vは

V={u+v\over 1+{uv\over c^2}}
(合成則)

に見える。

ここで注意すべきことは、|u|<c,|v|<cならば\left|{u+v\over 1+{uv\over c^2}}\right|もcより小さくなるということである。


このことを証明するために、\left|{u+v\over 1+{uv\over c^2}}\right|を自乗してc^2をひいてみると、

{ (u+v)^2\over \left(1+{uv\over c^2}\right)^2}-c^2={ (u+v)^2 -c^2\left(1+{uv\over c^2}\right)^2 \over \left(1+{uv\over c^2}\right)^2}={ u^2+v^2+2uv -c^2\left(1+2{uv\over c^2}+{u^2v^2\over c^4}\right) \over \left(1+{uv\over c^2}\right)^2}

となるが、この式の分子は

u^2+v^2+2uv -c^2\left(1+2{uv\over c^2}+{u^2v^2\over c^4}\right)= u^2 v^2 -c^2 - {u^2v^2\over c^2}=-{(c^2-v^2)(c^2-u^2)\over c^2}

と因数分解できて、|u|<c,|v|<cならばこれは負である。つまり、\left|{u+v\over 1+{uv\over c^2}}\right|^2<c^2となって、この合成速度の絶対値はcより必ず小さい。

つまり、光速以下の速度をいかに足し算していっても、光速度cを超えることはない。後で述べるが、光速度を超えないということは相対論的因果律が満たされるために重要である。

また、u=cの場合(電車内で光を発射した場合)について計算すると、

V={c+v\over 1+{cv/c^2}}={c+v\over 1+{v/c}}={c+v\over{(c+v)/c} }=c

となり、電車外で見ても光速度はcであるということになる(そうなるように作ったローレンツ変換から導いた式なのだから当然ではあるが)。

なお、上の計算は二つの速度がどちらもx方向を向いている時の計算であるが、たとえばx'系での速度が(u_x,u_y,u_z)であるような時は、y'=u_y t'という式が成立しているので、

\begin{array}{rl}y'=&u_y t'\\  y=&u_y \gamma\left(t-{v\over c^2}x\right)\\y =&u_y \gamma\left(t-{v\over c^2}{u_x+v\over 1+{u_xv\over c^2}}t\right) =u_y \gamma\left(1-{v\over c^2}{u_x+v\over 1+{u_xv\over c^2}}\right)t \\ y =&u_y \gamma\left({1+{u_xv\over c^2}-{u_xv\over c^2}-{v^2\over c^2}\over 1+{u_xv\over c^2}}\right)t =u_y {1\over\sqrt{1-{v^2\over c^2}}}\left({1-{v^2\over c^2}\over 1+{u_xv\over c^2}}\right)t =u_y{\sqrt{1-{v^2\over c^2}}\over 1+{u_xv\over c^2}} t \\ \end{array}

となり、y方向の速度はu_y {\sqrt{1-{v^2\over c^2}}\over 1+{u_xv\over c^2}}ということがわかる。z方向も同様に、u_z {\sqrt{1-{v^2\over c^2}}\over 1+{u_xv\over c^2}}とわかる。y,z座標は変化しないが、時間座標が変化しているので、y,z方向の速度が変化する。これもガリレイ変換の場合とは大きく違う。

6.2 フィゾーの実験の解釈

3.5節で、フィゾーによる「エーテルの引き摺り」実験を紹介した。屈折率nの媒質が速さvで運動している場合、その媒質中の光速(媒質が運動していなければ{c\over n})が

{c\over n}+\left(1-{1\over n^2}\right)v

に変化するということであった。これを媒質中のエーテルは媒質の1-{1\over n^2}の速度で動いていると考えるとすると、たいへんおかしなことになる。nは振動数によって違うから、各々の振動数ごとに違う速度でエーテルが動いていることになってしまうのである。

相対論的な考え方では、この問題がどのように解決するかを見ておこう。まず、媒質と一緒に運動する座標系で考えると、この光の速度は{c\over n}である(念のため注意。この座標系でも、真空中の光の速度はcのままである)。ではこの速度を、媒質が運動している座標系で見るとどう見えるだろうか?---上の公式(合成則)を、vが小さいと近似して展開すると、

{u+v\over 1+{uv\over c^2}}=(u+v)\times\left(1-{uv\over c^2}+\cdots\right)=u+v-{u^2 v\over c^2}+\cdots=u+\left(1-{u^2 \over c^2}\right)v+\cdots

となる*1。今考えている場合はu={c\over n}なので、この式は

{c\over n}+\left(1-{1\over n^2}\right)v

となり、フィゾーの実験結果と近似の範囲内で一致する。この計算では「エーテルの運動」などというものを考える必要は全くなく、「媒質の静止系では光速は{c\over n}だ。他の座標系でどうなるか知りたければ、単にローレンツ変換すればよい(速度の合成則を使って計算すればよい)」ということになる。振動数ごとに違う速度で走るエーテルなどという不自然なものは必要ない。

6.3 相対論的因果律

因果律とは「原因は結果に先行する」という原則であり、物理のというより、何らかの現象を考えるすべての学問において鉄則と言ってよいだろう。ガリレイ変換的な世界における因果律は

&math(t_{原因}<t_{結果});

と表すことができる。&math(t_{原因});は原因となる事象が起こる時刻で、&math(t_{結果});は結果となる事象が起こる時刻である。相対論的に考える時は、条件がもっときつくなる。なぜなら、同時の相対性のおかげで、「ある座標系では&math( t_{原因}<t_{結果});だが、別の座標系では&math(t'_{原因}>t'_{結果});」ということが起こってしまう可能性がある。そこで相対論的因果律は、

lcone2.png
いかなる座標系で表現しても~~~~~ &math(t_{原因}<t_{結果});

と表現される。結局、「結果」となる事象は「原因」から見て、未来に向いた光円錐の内側になくてはいけないことになる(逆に「原因」は「結果から見て過去に向いた光円錐の内側にある)。

「現在」であるある点から見て、未来向きの光円錐の内側(側面を含む)を「因果的未来」と呼ぶ。「現在」で起こることの影響は、因果的未来にのみ及ぶ。また、「現在」に影響を及ぼしているのは過去向き光円錐の内側(「因果的過去」と呼ぶ)のみである。「因果的未来」でも「因果的過去」でもない領域は、現在とは因果関係がない(現在の場所にいる粒子の未来においては影響を及ぼす可能性がある)。

相対論的因果律がほんとうに満たされているかどうかはわからないが、既知の(相対論的に正しい)物理法則はこれを満たしているように見える。 上で速度の合成則から、「いくら速度を足していってもcを超えない」ことがわかっている。これはつまり、「どんなにがんばって加速しても光速以上には加速できない」ということである。物理法則は因果律を破れないように作られているらしい。


この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。

superluminal.png

もし超光速で移動することが可能であったならば、それはタイムマシンがあるのと同じことになる。なぜなら、ある座標系において超光速で移動することは、別の座標系から見ると「未来から過去へ」という移動を行っていることになるからである。右の図のPからQへという移動は、座標系Bで見れば「過去から未来へ」という運動だが、座標系Aで見れば「未来から過去へ」という運動になる。

もし、「座標系Aで見て超光速で動ける物体」と「座標系Bで見て超光速で動ける物体」が二つ用意できれば、その二つの組み合わせによって「未来から過去へ」という移動が可能になる。図のP→Q→P'という運動を見てみよう。P→Qは座標系Bでの超光速、Q→P'は座標系Aでの超光速移動である。そしてP→P'という移動は、場所は移動せず時間だけを遡っていることになる*2

このような因果律を破る現象が存在しているとするとSFなどで有名な「自分が生まれる前に戻って自分の親を殺したらどうなるのか?」というパラドックスが発生することになる。親が死んだので自分が生まれないとすると、生まれない自分はタイムマシンで元に戻ることはない。ということは親は死ぬことなく、自分は生まれる。生まれた自分は親をタイムマシンで殺しに行く。すると自分は生まれない…と論理が堂々巡りし、結局何が起こるのか、さっぱりわからなくなるのである。これを物理の言葉で述べると「与えられた初期条件に対して適切な解が存在しない」ということになる。因果律が破れているということは「初期条件」では決まらない要素(未来から来た自分)が問題に入ってくるということなので、こういう困ったことになる。困ったことになるのは嫌なので、因果律は破れないようになっていると思いたいところである。

いつもこの話をする時にはする無駄話なのだが、日本で一番有名なタイムトラベラーはドラえもんである。ドラえもんは、どこでもドアという超光速移動手段を持っており、タイムマシンも持っている。上で説明したように実は超光速移動手段があればそれを組み合わせてタイムマシンができるのである。

いつでながら、ソーンという物理学者が作った(と言っても理論上だが)タイムマシンは、どこでもドアの片一方を宇宙旅行させて、一方のドアが60年という時間を経験する間にもう一方の(宇宙旅行した方の)ドアが36年という時間を経験するようにする。こうすると二つのドアは24年という時間差をつなぐドアとなり、一方に入ればもう一方の24年後に出る。逆に使えば24年前に行ける、、、、という話もした。実際にはソーンはどこでもドアではなくワームホールというのを使っている。

次の6.4節は飛ばしました。

6.4 ドップラー効果

ドップラー効果については音の方が有名である。まず音の場合のドップラ─効果がどのような現象であるかを思い出す。そこでまず気をつけて欲しいのは、「ドップラ─効果」と呼ばれている現象は実は二つの現象を合わせたものだということである。それは

snddoppler.png

振動数fは波長λと音速Vによって、f={V\over \lambda}と書かれる。(1).は、この式の分母の変化である。図で書けば右のようになる。これは音源が動きながら音を出している様子である。音源が動いても、まわりの空気(音の媒質)はいっしょに動いているわけではないので、音を出した場所を中心として球状に(図では円状になっている)広がる。音が広がるまでの間に音源が移動しているので、前方では波がつまり(波長が短くなり)、後方では波が広がる(波長が長くなる)。

これに対して(2).は、f={V\over \lambda}の分子の方の変化である。同じ波長の波が来たとしても、自分が波に立ち向かっていくならば、1秒間に遭遇する波の数が増える。逆に波から遠ざかるならば、波の数が減る。

しかしこのような説明を聞いた後で、「さて光の場合のドップラー効果はどうなるのか」と考えると、ちょっと不思議なことに気づくだろう。音の場合、観測者の運動によって音速が変る((2)の場合)。だから音の振動数が変化するわけである。しかし光の場合、そんなことは起きない(光速度不変の原理!)。では光の場合、「観測者が運動している場合のドップラー効果」は存在しないのか。もちろんそんなことはない。以下で、まず図を書いて考えてみよう。

doppler.png

上左の図は、静止した波源から波(光もしくは音)が出ている状況の時空図である。波は上下左右前後に(図では例によって空間軸を一つ省略している)均等に広がっていく。それゆえ、異った時刻に発生した波の波面は同心球(図では同心円)を描く。

これを動きながらみたらどのように見えるかを表したのが上中、上右の図であり、それぞれ光の場合と音の場合である。光の場合、光速度不変により、光円錐は傾かない。しかし、波源(光源)が刻一刻動いているので、今度は同心球とはならず、進行方向の前では波がつまり、後ろでは波が広がる。

音の場合はどうかというと、波源(音源)の動きと同じ速さで空気も動いているので、音の球はいわば、風に流される状態になる。ゆえに「音円錐*3」は風で流される分、傾く。音源と媒質が同じ速度で動いているので、波面は球状に広がりながら流されていき、同心球はたもたれる。つまりこの場合、波長は変化しない。しかし前方では波がそれだけ速くなっており、同じ波長でも速さが速い分振動数が多くなっている*4

doppler2.png

今考えた二つ(上中、上右図)は同じ現象を動きながら見た場合であった。そのため、音の場合、音源と同じ速度で媒質(空気)が動いていた。では空気の中を音源が動くとどうなるかを書いたのが右の図である。この場合、音円錐は傾かないが音源の動きのせいで波面が同心球にならない。つまりこの場合、波長が変化することで振動数が変化している(音速は変化していない)。

波の振動数νは波長λと波の伝わる速さvで表すと\nu={v\over \lambda}であるが、音の場合、波源が動いたならばλが変化し、観測者が動いたら音速vが変化する。光の場合、速さvは変化しないので、変化は全て波長の変化に帰着される。しかし、その波長が変化する理由は実は二つある。一つは図に現れている、波と波の間隔がつまるという現象である。もう一つ、いわゆるウラシマ効果によって、波源(光源)が波を出してから次に波を出すまでの間隔がのびる。この二つの効果によって光の波長が変化し、ゆえに振動数が変化するのである。このように、光速度不変(cは観測者の速度によって変化しない)であっても、振動数や波長は観測者の速度によって変化しうる。

では、どのように光のドップラー効果が起こるかを、ローレンツ変換の式を使って計算してみよう。光の振動数(ただし、音源が静止している場合に出す光の振動数)を\nu_0とする。光源の静止系(x'系とする。)では、「山」を出してから次に「山」を出すまでの時間は{1\over \nu_0}であるから、光の「山」が出た時空点を(x',y',z',ct')=(0,0,0,{nc\over \nu_0})(nは整数)と考えることができる。これをローレンツ変換すると、(x,y,z,ct)=(\gamma\beta{nc\over \nu_0},0,0, \gamma {nc\over \nu_0} )となる。つまりこれが光源が動いている座標系において光の「山」が出た時空点である。

doppler3.png

もっとも簡単な場合として、光源の進んでいく先にあたる場所(x,y,z)=(L,0,0)(Lは大きく、まだ光源はここまで達していないと考える)でこの光を観測したとすると、光は出てからL-\gamma\beta {nc\over \nu_0} の距離だけ走ってこの場所に到達することになる。その時刻は

#math(\gamma {n\over \nu_0}+ {L-\gamma\beta{nc\over \nu_0}\over c}= {L\over c} + \gamma(1-\beta){n\over \nu_0}) である。nが1違うと、この時刻は

#math(\gamma(1-\beta){1\over \nu_0}) だけ違う。ゆえに、振動数は

#math( \nu=\nu_0 {1\over \gamma(1-\beta)}=\nu_0{\sqrt{1-\beta^2}\over 1-\beta}=\nu_0 \sqrt{{1+\beta\over 1-\beta}}) と変化していることになる。より一般的に、(L\cos\theta,L\sin\theta,0)に来た光の振動数を考えよう。この場所に「山」がやってくる時刻はLが大きいとして近似すると、

\begin{array}{rl}  \gamma {n\over \nu_0}+{1\over c}\sqrt{\left(L\cos\theta-\gamma\beta{nc\over \nu_0}\right)^2 +\left(L\sin\theta\right)^2}\simeq&  \gamma {n\over \nu_0}+{1\over c}\sqrt{L^2 -2L\cos\theta \gamma\beta{nc\over \nu_0} }\\\simeq&  \gamma {n\over \nu_0}+{1\over c}\left(L -\cos\theta \gamma\beta{nc\over \nu_0} \right)\end{array}

となる。nが1変化するとこの時刻は{\gamma(1-\beta\cos\theta)\over\nu_0}変化するので、振動数は

\nu=\nu_0 {\sqrt{1-\beta^2}\over 1-\beta\cos\theta}

となる。

(ガリレイ変換を使った場合の)音のドップラー効果との顕著な違いは、進行方向に対して真横の方向へ進む光(上の式で\cos\theta=0に対応する)にも振動数変化があらわれることである。これはウラシマ効果によるもので、音ではそのような結果は出ない。これを「横ドップラー効果」と呼ぶ。銀河のいくつかはその中心核から「宇宙ジェット」と呼ばれる亜光速のガス流を出しているが、そのガスが出す光が横ドップラー効果を起していることが確認されている。

第7章 ミンコフスキー空間

ここまで学習した相対論的な考え方は「ミンコフスキー空間」と呼ばれる「時間1次元+空間3次元の時空間」での幾何学としてまとめなおすことができる。この章でここまでの結果を``4次元的な視点''から考え直そう。

7.1 4次元の内積

ここまででわかった大事なことはローレンツ変換によって移り変わる二つの座標系(ct,x,y,z)と(ct',x',y',z')の間に、

-(ct)^2 + x^2 + y^2 +z^2 = -(ct')^2 + (x')^2 + (y')^2 +(z')^2

あるいは

\eta_{\mu\nu}x^\mu x^\nu =\eta_{\mu\nu}x^{\prime\mu} x^{\prime\nu}

という関係が成立することである。

もともとローレンツ変換を求める時においた要請1.は-(ct)^2 + x^2 + y^2+z^2の値の不変性ではなく、「-(ct)^2 + x^2 + y^2 +z^2 =0ならば、-(ct')^2+(x')^2+(y')^2+(z')^2=0 であれ」という条件であった。しかし、これに要請2.(一様性)と要請3.(等方性)を加えることで、-(ct)^2 + x^2 + y^2 +z^2が不変でなくてはならないことがわかった。

この量-(ct)^2 + x^2 + y^2 +z^2あるいは\eta_{\mu\nu}x^\mu x^\nuを、「4次元的距離の自乗」と呼ぶ。この式のうち時間成分を除いたx^2+y^2+z^2は3次元空間における距離の自乗である。3次元において、距離の自乗は回転(および反転)という座標変換に対して不変であった。その4次元バージョンである-(ct)^2 + x^2 + y^2 +z^2は回転・反転だけでなく、ローレンツ変換に対して不変となっている。 物理において大事なのは「座標変換によって変わらない量」である(座標は所詮、人間の都合で決めたものであるから、座標によらない量こそが本質なのである)。そういう意味で、4次元的に考える時(つまり相対論的に考える時)には3次元の距離よりも4次元的な距離の方がずっと物理的意味が大きい。

4次元的な距離の自乗を不変にする変換を(3次元的な回転や反転もひっくるめて)「ローレンツ変換」と呼ぶ場合もある。ローレンツ変換をテンソルを使って表現すると(x')^\mu=\alpha^\mu_{~\nu}x^\nuであるが、この変換の行列\alpha^\mu_{~\nu}\eta_{\mu\nu}= \eta_{\mu'\nu'}\alpha^{\mu'}_{~\mu}\alpha^{\nu'}_{~\nu}を満たす。このような行列\alpha^\mu_{~\nu}で表される変換は、すべて広い意味でのローレンツ変換である。

#math({ 広い意味のローレンツ変換\atop \left({\small -(ct)^2+x^2+y^2+z^2を不変に保つ}\right)}=\cases{狭い意味のローレンツ変換&$\left(\begin{array}{rl}x'=&\gamma(x-\beta ct)\\ct'=&\gamma(ct-\beta x)\end{array}など\right)$\cr回転/反転& ({\small x^2+y^2+z^2を不変に保つ})})

狭い意味のローレンツ変換は「boost」と呼ばれることもある。

次の図は、(x,y)面においてx^2+y^2=一定となる線と、(x,ct)面において-(ct)^2+x^2=一定となる線を書いたものである。右の図は「等距離の点」には見えないが、4次元的な意味で「等距離の点」なのである。

rotation4.png

ローレンツ変換によって保存される量は3次元的な意味での長さであるところの\sqrt{x^2+y^2+z^2}ではなく、4次元的な意味での長さである。ある点(t,x,y,z)と、それから(時間的にも空間的にも)微小距離だけ離れた点(t+dt,x+dx,y+dy,z+dz)との間の距離をdsとした時、

ds^2 =-c^2dt^2+dx^2+dy^2+dz^2

として、4次元的な微小長さ(「線素」と呼ぶ)を定義する。

tsn.png

ds^2はいろんな符号がありえる。符号によって

#math( \begin{array}{|l|l|l|}\hline ds^2>0 & (cdt)^2 < {dx^2+dy^2+dz^2} & 空間的(\hbox{space-like}) \\\hline ds^2=0 & (cdt)^2 = {dx^2+dy^2+dz^2} & ヌル的(\hbox{null-like})\\\hline ds^2<0 & (cdt)^2 > {dx^2+dy^2+dz^2} & 時間的(\hbox{time-like}) \\\hline \end{array}) のように4次元距離を分類する。「ヌル的」は「光的(light-like)」と言う場合もある。

本によって、上の式をds^2 = c^2 dt^2 -dx^2 -dy^2 -dz^2と定義する場合(timelike convention)と、ds^2 = -c^2dt^2+ dx^2+dy^2+dz^2と定義する場合(spacelike convention) がある。前者は、通常の粒子の場合ds^2>0となる点が好ましい。後者は、3次元部分だけを見るとユークリッド空間での線素の長さds^2=dx^2+dy^2+dz^2と等しい点が好ましい。どちらを使うかはその人の流儀であって、どちらを使っても物理的内容に違いはない。ここではspacelike conventionの方を使う。

senso.png

このようにして距離が定義された空間をミンコフスキー(Minkowski)空間といい、この空間での距離の計算の仕方を示す\eta_{\mu\nu}という記号およびこの記号を使って測られる距離のことを「ミンコフスキー計量」と言う。

ちなみに、普通の空間、すなわち距離が

ds^2 = dx^2 +dy^2 + dz^2

で定義された空間は「ユークリッド空間」(正確には「3次元ユークリッド空間」)と呼び、行列\delta_{ij}=\left(\begin{array}{ccc} 1&0 &0 \\ 0&1 &0 \\ 0&0 &1 \end{array}\right)はユークリッド計量と呼ぶ。

tanshuku4.png

4次元的な考え方と言っても内容は変わっていない。アインシュタイン自身もミンコフスキーがこういう書き方を始めた時、「数学的な話で、物理の理解とは関係ない」と思っていたらしい*5。しかし、このような表示によって相対論を考えることが劇的に簡単になる(アインシュタインもすぐにそれに気づいて自分でも使い始めている)。

この「4次元的距離」という考え方をすると、ローレンツ短縮やウラシマ効果を別な形で理解することができる。ローレンツ短縮は、「動いている棒は長さが縮む」という現象である。右の図は、棒が静止している座標系で、棒の先端と後端の軌跡を示した。図の水平矢印は、棒と同じ動きをしている人が観測する「棒の長さ」である。

次に、棒に対して動いている人を考える。同時の相対性により、この観測者の同時刻は傾いている。この人が棒の長さを測る時には、自分にとっての同時刻を基準に測るであろうから、「棒の長さ」は図の斜め矢印であると認識する。

水平矢印と斜め矢印は、グラフ上の見た目では斜めの方が長く見えるが、4次元的長さの自乗の定義がx^2+y^2+z^2-(ct)^2であることを思い出すと、水平矢印の長さXに対し、斜め矢印は長さが\sqrt{X^2-(ct)^2}となる(普通のピタゴラスの定理とは(ct)^2の前の符号が変わっていることに注意)。

ウラシマ効果は、動いている方が経過する時間が短いという効果であるが、それは図の斜め線の方が垂直な線より短いということで理解できる。

urashima4.png

グラフを見ると斜め線の方が長く見えるが、今長さの定義が4次元的距離で定義されていることに気をつけなくてはいけない。そのため、真っ直ぐな線の4次元的距離の自乗は-(cT)^2であり、斜め線の4次元的距離の自乗は-(cT)^2+X^2 となる。「距離の自乗」がマイナスになるのは「自乗」という言葉の本来の意味からすると奇妙であるが、今「距離の自乗」は-(cT)^2+x^2+y^2+z^2と定義されているのでこれでよい。本来の意味とは違う使い方をしていることになるが、物理専用の用語なのだと思って納得して欲しい。

マイナスになるのが気になるのであれば、「時間的な距離を測る時には距離の自乗は(cT)^2-x^2-y^2-z^2と定義する」と決めておいてもよい。

学生の感想・コメントより

光速で走っている電車の中でボールを光速で投げたら、外から見るとボールは電車の中で止まって見えるのですか?

もしも光速で走る電車があれば(ないんだけど)、ウラシマ効果によりその電車内では時間が経たないので、そうなりますね。

実験があって、それを証明って話ですが、○+○=5の答えが1+4とか2+3とかいろいろあるように、いろいろな答えがあり得るんじゃないですか。

一つの式を満たす、というだけなら、いろいろ考えられますね。でも物理現象というのはいろんなパターンがあるので、当てはめるべき実験式ってのもたくさんあるわけです。その式を全部満たそうとすると、なかなか候補となる理論式はみつかりません。一つの理論式でたくさんの実験式を表現することができると、その理論式はたいへんよい式だ、ということになります。授業では話せなかったけど、フィゾーの実験以外にもいろんな実験があって、それが全部相対論からの計算に一致しているわけです。

フィゾーはすごいと思う。

150年以上前の実験とはとても思えない、すごく精密な実験です。

もし情報を超光速で飛ばせるものを発明したら、発表して賞をもらうのと、こっそり競馬で勝って儲けるのと、どっちが儲かると思いますか?

発表するだけじゃなくて、特許取っておけばかなり儲かるような気がするなぁ。

タイムマシンが作れないのは残念です。なんとかして作ってください。

そのためには、超光速移動手段をください(^_^;)。

ドラえもんとかアニメに現実の話を持ってくるのは意味がわからなくなるのでどうかと思いますが。。。

まぁ、無駄話の部分なんだから堅いこと言いなさんな。

ドラえもんのタイムマシンは別の時代に着くのに時間がかかるけど、どこでもドアは一瞬で着きます。これは、どこでもドアの方がタイムマシンより速い超光速を使ってるということなのかな、と思いました。

確かに、どこでもドアは一瞬なので、こっちの方が速いですねぇ(^_^;)。

ドラえもんの4次元ポケットはローレンツ短縮でたくさん入るのかと思いました。

中で物体が光速の何十%で走っているんですか。面白いけど飛び出してきたら危険だなぁ。

4次元的に考えるって難しい/4次元長さって長さに見えない〜〜(という悲鳴も多かった)

頭で実感するのは難しいかもしれませんが、まずは式で納得しましょう。

4次元図で長い方が短い、ということがやっと納得できた/4次元長さでは、時間成分と空間成分が消し合うということですっきりとした(その他このようにすっきりしたという感想も)

おめでとうございます。その感覚が相対論をやる時には大事です。

ローレンツ変換された座標は直交していないように見えるけど、4次元で見ると直交しているんでしょうか?

すごくいい質問です! その通り、あの斜めに見えるct'軸とx'軸は、4次元的にはちゃんと直交しているのです。

-(ct)^2+x^2+y^2+z^2が便利なのはわかりましたが、なんか−がつくのが気持ち悪いです。もうこれは−がつくのが当たり前だと思うしかないのですか?何か理由があるのですか?

理由はやはり、-(ct)^2+x^2+y^2+z^2=0が光円錐を表して、これが観測者によらずに不変という意味を持っていることでしょうねぇ。観測者によらずに不変になる量というのは、物理ではとても大事です。これに比べて、(ct)^2+x^2+y^2+z^2のように全部プラスで考えてしまうと、座標系を変えれば値が変わってしまう。

相対論の面白い読み物があれば教えてください。

ブルーバックスの「4次元の世界」や「タイムマシンの話」(どっちも都筑卓司著)はけっこう面白いですよ。私の昔の愛読書です。


*1 {1\over 1+x}=1-x+x^2-x^3+\cdots。これは初項1、公比-xの等比級数の和の公式である。
*2 このあたりを解説した読み物としては「タイムマシンの話」(都筑卓司・講談社)などがある。
*3 実際にこんな言葉はない
*4 以上の音に対する計算では、座標変換にガリレイ変換を使っている。ほんとうはここもローレンツ変換を使うべきなのだが、音のようなせいぜい数百m/sの話をしている時には、ローレンツ変換とガリレイ変換の差は非常に小さく、わざわざ計算が面倒なローレンツ変換を使う意味はあまりない。
*5 ちなみにミンコフスキーはアインシュタインが大学時代の先生であり、ミンコフスキーの方はろくに講義に出てこないアインシュタインを出来の悪い学生と思っていたらしい。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:37