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今日は前回ちゃんと説明できてなかった、space-like、light-like、null-likeの説明から始めた。それにけっこう時間を取ったので少し講義録が短い。この部分の中身については前回分を参照のこと。

あとここで強調したのは、なぜ4次元での長さの自乗は-c^2 dt^2+dx^2+dy^2+dz^2のように時間成分にマイナスがついてしまうのか。これは決まりだから、ルールだからというものではなく、「不変量だから」である。3次元的な長さdx^2+dy^2+dz^2は、ローレンツ短縮が示すように座標系を変えると同じになるとは限らない。しかし-c^2dt^2を入れておけばちゃんと不変になるのである。

このあたりでしゃべった無駄話。確かこれを言ったのは湯川秀樹先生だったと思うのだが、人間には「スペースライクな人間」と「タイムライクな人間」がいるんだそうである。絵画や景色を楽しむ人は「スペースライクな人間」、音楽や映画を楽しむ人は「タイムライクな人間」なのだとか。

7.2 世界線の長さと固有時

粒子の軌跡(4次元時空中の曲線になる)を「世界線」と呼ぶ。世界線の長さを上で定義したdsを使って測定する。dsはローレンツ変換によって不変な量である。適当なローレンツ変換をしても値は変らないのだから、計算しやすい座標系で計算すればよいことになる。そこで今考えている粒子がちょうど静止しているような座標系を採用したとする。その座標系を(T,X,Y,Z)とすると、明らかに粒子の運動した線に沿っていけばdX=dY=dZ=0 であるから、

ds^2 = -c^2 dT^2

となる。つまり、dsはその物体が静止している座標系で測った時間経過に比例する。比例定数はicである(iがついてしまうのは、ds^2をspacelike conventionで定義したためである)。ds^2=-c^2d\tau^2と書くと、このτがまさに、その物体が静止している座標系で測った時間である。つまり、この物体が持っている時計の刻む時間であると考えて良い。そこでτを固有時と呼ぶ。

d\tau^2 = dt^2 - {1\over c^2}(dx^2+dy^2+dz^2)

となる*1。固有時τに対し、座標系に対して静止している人にとっての時間tは「座標時」と呼ばれる。この式の両辺をdt^2で割って平方根を取ると、

{d\tau\over dt}=\sqrt{1-{{1\over c^2}}\left(\left({dx\over dt}\right)^2+\left({dy\over dt}\right)^2+\left({dz\over dt}\right)^2\right)}=\sqrt{1-\beta^2}

となる。つまり、固有時の増加は座標時の増加の\sqrt{1-\beta^2}倍である。

固有時は、各物体ごとに違う進み方をする。上の式からわかるように、寄り道をするとdx^2が多くなり、結果として固有時の進みは遅れる(ウラシマ効果)。双子のパラドックスの計算なども、運動している物体の固有時が短くなる、と考えれば簡単である。

我々の知っている粒子の世界線はtime-likeであるかnull-likeであるか、どちらかである。世界線がspace-likeだということは超光速で運動している粒子であるということで、そんなものは見つかっていない。もし見つかったら、そのような粒子は見る人の立場によっては未来から過去に向かって走ることになるので、因果律に抵触することになるだろう。

つまり我々は固有時τが進むごとに時間的に4次元時空の中を進んでいるとも考えられる。止まっているならば、固有時τが1増えると、座標時tも1増える。つまり時間方向の座標ctはc増える。つまり「止まっている人間」というのは実は「時間方向に速度cで動いている人」と考えることもできる。動いていると、dxが0でなくなった分だけ、座標時が1増加した時のτの増加が遅くなる。これがウラシマ効果だ、というわけ。

世界線がnull-likeになると、固有時の変化d\tauは0になってしまう。よって光のように光速で動くものに対しては固有時が定義できない(あるいは定義してもそれは変化しない)。


[問い7-1] 半径R、角速度ωで等速円運動している物体がある。座標時では1周に{2\pi\over \omega}だけ時間がかかるが、固有時ではどれだけの時間になるか?

7.3 4元ベクトルの前に:3次元ベクトルの回転の復習

次の節で4次元時空内でのベクトルを考える。ローレンツ変換は4次元時空間での「回転のようなもの」と解釈できるので、4次元に行く前に3次元空間における回転を復習しておく。

3次元の座標x^i(i=1,2,3)を回転させる座標変換は、

\left(\begin{array}{c}  x^{\prime1}\\x^{\prime2}\\x^{\prime3}       \end{array}\right)=\left(\begin{array}{ccc} A^1_{~1}&A^1_{~2} &A^1_{~3} \\ A^2_{~1}&A^2_{~2} &A^2_{~3} \\ A^3_{~1}&A^3_{~2} &A^3_{~3} \\      \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}  x^{1}\\x^{2}\\x^{3}       \end{array}\right)

のように行列で書ける。

rotVec.png

これをテンソルで書けばx^{\prime i}= A^{i}_{~j}x^j)となる。Aには具体的には例えば\left(\begin{array}{ccc}\cos\theta&\sin\theta &0 \\ -\sin\theta&\cos\theta &0 \\ 0&0 &1   \end{array}\right)のような行列が入る。

このように座標系が回転した時、3次元空間のベクトルV^i(i=1,2,3)は、

\left(\begin{array}{c}  V^{\prime1}\\V^{\prime2}\\V^{\prime3}       \end{array}\right)=\left(\begin{array}{ccc} A^1_{~1}&A^1_{~2} &A^1_{~3} \\ A^2_{~1}&A^2_{~2} &A^2_{~3} \\ A^3_{~1}&A^3_{~2} &A^3_{~3} \\      \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}  V^{1}\\V^{2}\\V^{3}       \end{array}\right)

(テンソルで書けばV^{\prime i}= A^{i}_{~j} V^j ) のように、同じ行列を使って回転される。そして、二つのベクトルV^i,W^iがあった時、その内積\begin{array}{c} (V^1 V^2 V^3) \\ \\ \\\end{array}\left(\begin{array}{c} W^1 \\ W^2\\ W^3\end{array}\right)=V^iW^i=V^1W^1+V^2W^2+V^3W^3は保存する。そのことは、行列A^i_{~j}の性質

\left(\begin{array}{ccc} A^1_{~1}&A^2_{~1} &A^3_{~1} \\A^1_{~2}&A^2_{~2} &A^3_{~2} \\ A^1_{~3}&A^2_{~3} &A^3_{~3} \\\end{array}\right)\left(\begin{array}{ccc} A^1_{~1}&A^1_{~2} &A^1_{~3}\\ A^2_{~1}&A^2_{~2} &A^2_{~3} \\ A^3_{~1}&A^3_{~2} &A^3_{~3} \\\end{array}\right)=\left(\begin{array}{ccc}  1&0 &0 \\  0&1 &0 \\  0&0&1 \\       \end{array}\right)
(Aijの性質) からわかる。この式をテンソルで書けばA^i_{~j}A^i_{~k}=\delta_{jk}である。この式の左辺の掛け算は、A^i_{~j}の前の足どうしが同じ添字で足し上げられていることに注意。つまり行列の掛け算ルールに即するためには前の方を転置せねばならない(上の行列での表現もそうなっている)。

また、回転の行列ならばこのような性質を持っていることは、ベクトル\left(\begin{array}{c} 1\\0\\0\end{array}\right),\left(\begin{array}{c} 0\\1\\0 \end{array}\right),\left(\begin{array}{c}  0\\0\\1 \end{array}\right)をこの行列で回転させると\left(\begin{array}{c} A^1_{~1}\\A^2_{~1} \\A^3_{~1}       \end{array}\right),\left(\begin{array}{c} A^1_{~2}\\A^2_{~2} \\A^3_{~2}        \end{array}\right),\left(\begin{array}{c} A^1_{~3}\\A^2_{~3} \\A^3_{~3}        \end{array}\right)となることからわかる。

Amat.png

\vec v_i=\left(\begin{array}{c} A^1_{~i}\\A^2_{~i} \\A^3_{~i} \end{array}\right)と置いてみると、\vec v_i\cdot\vec v_j=\delta_{ij}である。これはすなわち、(Ajiの性質)が成立するということなのである。

\vec v_i\cdot\vec v_j=\delta_{ij}が成立することは内積\vec a\cdot\vec bが回転という座標変換で不変であることと、\vec v_iが座標変換を行う前は\left(\begin{array}{c} 1\\0\\0\end{array}\right),\left(\begin{array}{c} 0\\1\\0 \end{array}\right),\left(\begin{array}{c}  0\\0\\1 \end{array}\right)であったことを考えれば当然である。

7.4 4元ベクトル

3次元のベクトル\vec V=(V_x,V_y,V_z)は座標変換の時に、座標\vec x=(x,y,z)と同じ行列で変換される。その時二つのベクトルの内積が不変量であった(内積のもともとの定義は二つのベクトルの長さと、その間の角のcosの積である。回転によって長さと角度は不変)。

同様に、4成分のベクトルV^\mu(\mu=0,1,2,3)を考える*2

座標がローレンツ変換(x^{\prime\mu}=\alpha^{\mu}_{~\nu}x^\nu)された時、このベクトルはV^{\prime\mu}=\alpha^{\mu}_{~\nu}V^\nuと同様のローレンツ変換を受けるとしよう。一例をあげると、

\begin{array}{rlcrl}  ct'=&\gamma(ct-\beta x) & &V^{\prime0}= &\gamma(V^0-\beta V^1) \\  x'=&\gamma(x-\beta ct) & &V^{\prime1}= &\gamma(V^1-\beta V^0) \\  y'=&y & &V^{\prime2}= &V^2 \\  z'=&z & &V^{\prime3}= &V^3 \\ \end{array}この時、 \alpha^\mu_{~\nu}=\left(\begin{array}{cccc}	     \gamma&-\beta\gamma &0 &0 \\		   -\beta\gamma&\gamma &0 &0 \\		   0&0 &1 &0 \\		   0&0 &0 &1 \\		  \end{array}\right)

このような変換にしたがうベクトルを4元ベクトルと言う。後で出てくる4元速度、4元加速度、4元力などは全て4元ベクトルである。二つの4元ベクトルV^\mu,W^\muを考える。では、このようなベクトルによって作られる、座標変換(この場合ローレンツ変換)の不変量はどのようなものだろう。

この二つのベクトルの内積を3次元でと同じようにV^0W^0 + V^1W^1+V^2W^2+V^3W^3と定義したとすると、これはローレンツ変換で保存しない。保存するのは、

\eta_{\mu\nu}V^\mu W^\nu=-V^0W^0 + V^1W^1+V^2W^2+V^3W^3

である。これを4次元的な内積と考えよう。4次元の内積がローレンツ変換で保存することは、

\eta_{\mu\nu}V^{\prime\mu} W^{\prime\nu}= \eta_{\mu\nu}\alpha^\mu_{~\rho}V^{\rho} \alpha^\nu_{~\lambda}W^{\lambda}=\underbrace{ \eta_{\mu\nu}\alpha^\mu_{~\rho}\alpha^\nu_{~\lambda}}_{=\eta_{\rho\lambda}}V^{\rho} W^{\lambda}=\eta_{\rho\lambda}V^\rho W^\lambda

からわかるし、そもそもVと同じ変換をするxで作られた\eta_{\mu\nu}x^\mu x^\nuが不変量であったことからもわかる。

授業では、このあたりの計算を行列で表現して示した。

\left(\begin{array}{cccc}\gamma&-\beta\gamma &0 &0 \\ -\beta\gamma&\gamma &0 &0 \\ 0&0 &1 &0 \\ 0&0 &0 &1 \\ \end{array}\right)\left(\begin{array}{cccc}-1&0 &0 &0 \\ 0&1 &0 &0 \\ 0&0 &1 &0 \\ 0&0 &0 &1 \\ \end{array}\right)\left(\begin{array}{cccc}\gamma&-\beta\gamma &0 &0 \\ -\beta\gamma&\gamma &0 &0 \\ 0&0 &1 &0 \\ 0&0 &0 &1 \\ \end{array}\right)

を真面目に計算して、

\left(\begin{array}{cccc}-1&0 &0 &0 \\ 0&1 &0 &0 \\ 0&0 &1 &0 \\ 0&0 &0 &1 \\ \end{array}\right)

となることを黒板で示した。実際にやってみればすぐできる。行列でやると、必要な部分だけを取り出して計算している形になって楽になる。慣れていないとめんどくさく感じるかもしれないが。

この後、反変ベクトルと共変ベクトルの定義の話があるのだが、それはまた来週。

学生の感想・コメントから

先生はスペースライクな人間ですか、タイムライクな人間ですか。

どっちかつーとタイムライクみたいです。

静止していてもct軸方向に1秒30万キロ進んでいるというのがぴんと来ません。

感覚的にはぴんとこなくて当たり前です。動いていないんですから。x-ctのグラフを書くと、1秒未来の自分はグラフの上30万キロのところにいる、というわけです。頭にx-ctグラフを思い浮かべて、「1秒後のオレはどこにいるのか?」と考えてみましょう。

長さの自乗が負になるのは納得しがたい(多数)

そういう定義だと思ってあきらめてください。

ミンコフスキー空間って、ctがある以外はユークリッド空間と同じなんですよね?

がくっ(;_;)。あれだけ何度も「時間成分だけ長さの自乗にマイナスがつくんだよ、そこが大きな違いだよ」と言ったのに(;_;)。そこが一番の違いですよ。

タイムマシンでは未来には行けても過去には行けないそうです。先生はどう思いますか?

因果律が破れると困るので、過去には行けないと思っておいた方がいいでしょうね。

動いている側の固有時が止まっている側の固有時より遅くなっているのがよくわからない。

ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2で考えて、動いているということはdxが0じゃない。すると同じ固有時(つまり同じds^2)ならばtが増えます。逆にtが同じになるように揃えると、固有時の方は動いているほど短くなる。

ミンコフスキー空間の中で生きている気がしない。

大丈夫、ちゃんとあなたも私もミンコフスキー空間の中で生きてます。

なぜ時間的(time-like)、空間的(space-like)という言葉を選んだのですか?

ds^2 = -c^2 dt^2+dx^2の中で、cdtが勝っているとds^2<0になるので「time-like」。dxが勝っているとds^2>0になるので「space-like」。

4元ベクトルを考えることで何がわかるのですか?

この後、力学を書き直しますが、4元ベクトルで考えると物理法則がすっきりまとまります。

線型代数をもっと真面目にやっておけばよかった。復習しよう(多数)

こういう時に使うためのものなんですよ。

最後の行列計算ですが、慣れてきたらテンソルでやった方がいいのでしょうか?

その方が楽です。ノートや鉛筆の消費量も減る筈。


*1 固有時の定義の符号は常にこの形。座標時tの符号に合わせる。
*2 少し前から使っているが、i,j,k,\cdotsなどのアルファベットは1,2,3(3次元空間)の添字として、\mu,\nu,\rho,\cdotsなどのギリシャ文字は0,1,2,3(4次元時空)の添字として使う、というのが相対論の本でよく使われる約束である。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:43