さて、前節で、力をと書いたが、これはあくまで、「力に対応するエネルギーが定義できたとするなら」という条件付きであった。
2次元もしくは3次元の中で考える時には、上に上げた「力F(x)が場所のみの関数である」以外にも、エネルギーが定義できるための条件がさらに必要になってくる。
というのは、一般に場所の関数になっている力が与えられた時、それがUの勾配の逆符号で与えられるとは限らない。たとえば単純な例としてを考えよう。であるからU=xyと予想されるが、そうだとするととなってしまって、が0であることと矛盾する。つまり、と書くことはできない。
ではどういう時にはエネルギーが定義でき、どんな時にはできないのだろうか?---そのことを単純に判定する方法はないだろうか?
1次元ならある点からある点へ移動する方法は一つしかないので、力を距離で積分した時の答は一つしかありえない。ところが2次元以上の空間ではある点から別の点に行くのに、いろんな方法(道筋)があり得るのである。そして、違う道筋を通った結果積分の結果が違っていたとすると、「いったいどっちの道筋を通った結果を“エネルギー”とすればいいの?」という疑問が発生してしまうのである。
実際、上の例の場合、仕事が経路に依存する。それは図のA→B→Cと図のA→D→Cで仕事を考えてみるとすぐわかる。ノンゼロの仕事はA→BとC→Dであるが、あきらかにC→Dの方が仕事が大きい。エネルギーは「仕事の分だけ増える量」として定義されているのだから、A点での位置エネルギーを定めた時、C点での位置エネルギーは、経路によって違うということになってしまって、場所の関数としてエネルギーを定義することは不可能である。
そのため、エネルギーが定義できるためには、「力を位置座標で積分していったもの(すなわち仕事)が経路に依存しない」という条件が必要になってくるわけである。このような性質を持つ力を「保存力」と呼ぶ。後でちゃんと示すが、静電気力は保存力である。
保存力である場合、という形で、位置エネルギーUを定義することができる。重力、ばねの弾性力、万有引力なども保存力であり、対応する位置エネルギーを定義可能である。
仕事が出発点と到着点だけに依存し、経路に依存しないためにはどんな条件が必要であろうか?---それを求めるために、またしても物理の常套手段である「細かく区切って考える」を使うことにしよう。つまり、出発点と到着点が非常に近い点にある場合を考える。簡単のため、図のA(x,y)→D→Cという経路と、A(x,y)→B→Cという経路を比較するところから始める。例によっては微小と考えるので、各経路における仕事は、以下の図のように計算できる。
テキストではこのB→Cでの仕事でになってましたが、上のが正解です。
下二つを足したもの(A→D→C経路での仕事)から上二つを足したもの(A→B→C経路での仕事)を引くと、
となる。すなわち、経路によらずに仕事が決まる条件は、
である。
ここではxy平面で考えたのでこの条件が出たわけであるが、yz面やzx面についても同じ条件が成立せねばならないから、
も合わせて、3つの条件が必要となる。逆にこの3つが成立すれば、この微小な四辺形を組み合わせていくことでどんな形の面でも作ることができるであろうから、仕事は経路によらなくなる。この3つの左辺を、xy面での条件をz成分、yz面での条件をx成分、zx面での条件をy成分としてベクトルとしてまとめたもの
と定義し、「ローテーション(rotation)」と呼ぶ。日本語では「回転」と呼ぶ。なぜ回転と呼ぶのかは、次の節のイメージで理解するとよい。記号はcurl(カール)を使うこともある。
rotの意味を、水の流れで考えよう。水面の上に仮想的なボートを浮かべてみる。そして、その仮想的なボートが四辺形の形に水面を運航する。この時「ボートは水の流れにどれだけ押してもらったでしょうか」という問題を考えると、これの答えを出すために必要になるのがrotなのである。上の図の点線のように水が流れていて、四辺形の形に仮想的ボートが動いたとする。最初ボートは右に移動し、流れは少し右に傾いているから、ちょっと得をする。次に上へ進む時も得をする。その次には左へ進むが、この時は流れと運動方向が垂直に近いのでそれほど得も、損もしない。最後の下への移動では流れに逆らっているので損をする。これを1サイクル分足し上げたものがrotの正体である。
ではこれを式で書こう。まず最初の右へ動くとき、どれぐらい得をするかというと、くらいであろう。上の方で左に動く時は、逆向きなのでになる。ここで「足したらゼロ」と思ってはいけないのはdivの時の話と同じで、この場所ではy座標がだけ増えているのだから、
#math(\underbrace{-V_x(x,y+\Delta y,z)\Delta x}_{上の辺での得}+\underbrace{V_x(x,y,z)\Delta x}_{下の辺での得}) と解釈すべきなのである。例によってとテーラー展開すれば、上と下の辺での得はとなる。同様の計算を、右の辺の上向きの移動の部分と、左の辺の下向き移動の部分についておこなうと、今度は関係するのはであり、の位置(右の辺)が+で、xの位置(左の辺)が+で効くので、 となる。まとめると、
とまとまる。これを単位面積あたりに換算した、こそがrotである(実際には、rotのz成分)。
このあたりで、rotを理解するためのアプレットを見せながら解説しました。
「rotはなぜベクトルなんだろう?」と疑問に思う人がいるかもしれない。それは、今考えたように微小な四辺形一個一個に対して(単位面積当たりの密度として)定義されているのがrot であるからである。四辺形がどんな向きを向いているかによってrotの値は当然、違うからである。そのベクトルの向きは、四辺形の運航を右ネジを回す向きと考えた時のネジの進む向きとする。ある一点を指定しても、その場所に四辺形はたくさん(いろんな方向を向いて)書ける。 だから、「rotはベクトルでx成分とy成分とz成分がある」という表現は正しいのだが、より正確には、「rotにはyz面に垂直な成分とzx面に垂直な成分とxy面に垂直な成分がある」(もちろん、「x成分」は「yz面に垂直な成分」のように対応する)と言うべきである*1。
rotは「回転」という名前がついているせいもあって、何かが渦を巻くように回っている時だけnonzeroになると誤解する人が多いので注意しておく。
前に示したの場合、どこにも渦は発生していないが、rotはnonzeroである(だから)。もしこのような流れがあったとして、「その流れの中に丸いものを放り込んだとしたら、回り出すかどうか」と考えるとrotのあるなしを判定しやすい。の場合、右の方が流れが速いので、丸いものは反時計回りに回転を始めるはずである。
なお、ベクトルの外積の式とrotの式を見比べると、
となり、同じ形をしていることがわかる。rotは、ちょうどとと外積を取っている計算になる。よって、
という表記もよく使われる。
ここまでで、電磁気で使うベクトル解析で重要なdiv,rot,gradを説明した ことになるが、この3つを図形的に表現すれば、
となる。単なる計算ツールとして数式を盲目的に覚えるのではなく、図形的イメージを頭に入れて欲しい。このイメージがあれば、以下にあげる法則がなぜ成立するのかが理解しやすい。
gradのrotが0であること
がどんな関数であっても、のrotをとると0になる()。これは数式でもわかるが、gradとrotの意味を理解していれば、右図を見るだけで一発でわかる。gradは矢印の先の量と矢印の根本の量の差である。rotは四辺形の一周で定義されている。rotというのは、矢印4本もってきて四辺形を作るという操作に等しいのであるが、この4本の矢印が表しているものがgradの場合、「(矢の先)-(矢の根本)」という引き算なのだから、矢印が四辺形を描いて一周回るように足し算を繰り返せば、プラス符号つきの「矢の先」とマイナス符号つきの「矢の根本」が全て消しあい、答えが零になるのは当然である。
rotのdivが0であること
同じように考えると、任意のベクトルに対し、であることもwかある。これまた計算でも簡単にわかるのだが、ここでは図で説明しよう。
divは直方体、rotは四辺形に対応するものである。rot からdivを作るというのはつまり、下の一番右の図のようにする、ということ。ここで天井の四辺形のrotと底面の四辺形のrotが逆回りをしているが、これはdivが「天井−底」という引き算で表されているからである。他の6面についても、対面どうしの四辺形の中で、rotは逆回りしている。で、この図をよく見ると、一つの辺を2本ずつ、逆向き矢印が通っていることが理解できる。となれば、これも全部足せば零になるのは当然である。
rotの四辺形を直方体をなすように組み上げるとdivが零になるわけだが、直方体でなく任意の面を作るように組み上げていくと、ストークスの定理というのが証明できる。rotの四辺形をあわせていくと、常にとなりあう矢印どうしは消しあうので、一番外側にある線(つまり考えている面の外縁)の部分の積分だけが残ることになる。
これから、
という公式が作れる。Sはある面積を表し、はその面の上の積分である。はSの境界となる線を表す。は境界線の上での線積分である。これをストークスの定理と言う。
ストークスの定理は面をくみ上げていって作った定理であるが、立体を組み合わせて同様のことをすれば、ガウスの発散定理()ができた。この二つの公式は2次元と3次元という違いはあれ、同じ考え方で出てくる式なのである。ストークスの定理から、であるような面の周りを一周する用に電荷を動かすと、電場のする仕事が0であることがわかる。
さて、以上で準備は終わったので、この話を静電気力の具体的な問題に適用して、「電位」という概念を使っていこう。
ここでちょっと、来週のための補足。という式があり、実際の静電場はこれを満たしている(でないと電位が定義できない)。これはループする電気力線がない、ということに対応している。もしループする電気力線があると、その電気力線にそって電荷を一周させると、電場から仕事をしてもらうことができる。何周も回れば、どんどんエネルギーが取り出せることになってしまう。すなわち、という式は「エネルギーは何もないところから湧いてでたりしないよ」ということ、すなわちエネルギー保存則を示しているのである。
試験についてのお知らせ
現在のところ、前期試験は8月10日(金曜日)にやる予定です。時間的にちょっと厳しいので、8月3日には補講をしたいと思います。
追試が行われる場合、その日程は9月末か10月初めになるでしょう。
の時、はエネルギーと定義できますか?
できます。この場合、力はy成分しかなく、しかもyの値が同じなら力も同じです。rotを考えてみると、四角形の右と左で同じ仕事をするので、ちゃんと保存力になります。
私たちは生きていくだけでどれだけの仕事をしますか?
成人が1日に必要なエネルギーは2000キロカロリーぐらいと言われてます。1カロリーは4.2Jなので、4Jとして計算すると500キロジュール。もっともこのほとんどは体温の維持つまり熱に使われてしまいますが。
物理数学でもやったdiv,rot,ストークスの定理などがイメージできた(複数)
数式での計算と幾何学的イメージと、両方を身につけましょう。
ならば電場のする仕事は0ということは、エネルギーも0になるのですか?
仕事は「エネルギーの変化」なので、仕事が0だと「エネルギーは変化しない」ということが言えます。
保存力は仕事の経路によらないということでしたが、同じところをぐるぐる回ると仕事が増えるような気がします。
それは現実の世界では保存力でない力(例えば摩擦力!)が働いていて、こいつのせいでぐるっと回ると余計な仕事をしなくてはいけないからです。
四辺形の辺の真ん中あたりのを考えていましたが、他の位置は考えないんですか?(微小距離だから近似ですか?)
はいその通り、微小距離なので近似してます。このあたりはdivの時と同じ。
だとどんな経路でも仕事は同じなのですか?
そうです。は微小な面積について成り立つ式ですが、微小な面積を並べていくことで、任意の経路について経路によらないことを示せます。
rotに逆回りはないのですか?(複数)
その時は符号が反対になるだけです。
div(grad)ってのはないんですか?
来週でてきます。ラプラシアンと言います。
rot(grad)やdiv(rot)を図でイメージするのは面白かった。でも少し難しい。
あくまで理解の助けになるなら、ということなので、わかりにくいという人は数式で理解するか、自分でイメージを作り直してみてください。
どうして右ネジ方向にrotが回るのですか?(複数)
xy平面で右ネジ方向の時にrotはzの正の向きを向く、と定義します。もし実際の電場なり力なりが左ネジ方向に回るようなものだったら、rotが負の値を持つことになります。
rotの計算で、最後にΔxΔyで割るのは何故ですか?
rotは面積あたりで定義します。二つの経路を考えてそれによる差を考えるわけですが、これは二つの経路がはさむ面積が0になれば当然0になります。微小で考えているので、単位面積あたりにしないと意味のある有限値が出ません。
rotは立体で考えないで面で考える理由は何ですか?
上の質問の答えと同じで、二つの経路の差、という考え方をすると、どうしても面積で定義した量になります。
じゃないんですか?
今考えているのは静電場なので、時間変化がないのです。だから、です。
注釈にあった、『4次元なら面積は6つあるがベクトルは4つ』というのは???
4次元をu,x,y,zとすると、平面はux,uy,yz,xy,xz,yzで6つ。ベクトルはu,x,y,zで4つです。