以上のような多次元の計算をする時、いちいちx=なんたら、y=かんたら、と式を並べるのは面倒なので、約束ごととして、のようにxの肩に添字(「足」と呼ぶこともある)をつけて、なんたらかんたら(この「なんたらかんたら」にはiに依存する式が入る)と一つの式で表すことが多い。は「xの1乗」と、は「xの2乗」と間違えやすいので注意すること*1) はのように書かなくてはいけない。今考えている2次元や3次元で直交座標を使っている場合ではそこまで厳密にしなくても支障無い。}。この書き方を使うと、([回転行列)は
をまとめて、
と書ける。これは単純に書き方を変えただけで、式自体は何も変わっていないのだが、こう書くことで変換のルールが明確になる場合が多い。
上の式は行列を使って表現するならば、
である。これがと同じになる。jという添字(「足」と呼ぶこともある)が重複している。行列を表すの後ろの添字であるjがその後ろにあるベクトルの添字と一致していることに注意せよ。
二つの行列の積
は成分で書くと、
と書ける。
この時、前の行列()の後ろの添字*2(この場合jのこと。列に対応)と後ろの行列()の前の添字(同じくjのこと。行に対応)が同じものにそろえられて足し算されていることに注意せよ。
行列で書いた時は、「なので順番を変えてはいけない!」とルールがあるが、テンソルを使って書いた時、である。行列の時の「掛け算の順序」という情報は「どっちの足が足し上げられているか」という点に込められている。とかとかは一つの成分であるから、順番はどうでもいい(この「順番を気にしなくてもよい」というのはテンソルのありがたいところ。その代わり、「添字のついている場所を勝手に変えてはいけない!」というルール()があるので注意。
さてここで、が直交行列であるという条件()をテンソルの表記で考えよう。
であるから、は
と書ける。ただし、はi=kの時1、それ以外の時0ということを意味する記号で、クロネッカー・デルタと呼ばれる。つまりは単位行列をテンソルで表したものである。
この最後の式では前の添字どうしが同じになっていることに注意しよう。だから、を見て、「行列Aと行列Aの掛け算」だと思ってはいけない。上で述べたように行列の掛け算ならば「前の行列の後ろの添え字と、後ろの行列の前の添え字をそろえる」というのがルールなので、AとAの掛け算ならば、なのである。は前の添字と前の添字をそろえている。これを「前の行列の後ろの添え字と、後ろの行列の前の添え字をそろえる」という状態にするにするためには、前の行列の添字を入れ替える()必要がある。ゆえに、は「とAの掛け算」と考えなくてはいけない。
以上のように、行列計算とテンソル計算の間の翻訳をする時には、添字の付き方に注意することが必要である。のように「前のテンソルの後ろの添字と後ろのテンソルの前の添字で和が取られている」時、素直に行列のかけ算に書き直せる。それ以外の時は転置などをとることが必要である。
さらに書くときに楽をするために、「同じ添字が2回現れたら、その添字に関して和がとられているものとする」というルール*3を採用して、を省略することがある。その場合、([回転行列)は
と書けるし、(AtA)は
と書ける。
このように上や下に添字のついた量を「テンソル」*4と呼ぶ(テンソルの正しい定義は後で行う)。以後この講義ではこの書き方をすることも多い(しばらくは併記するようにする)。どの書き方もたいへん大事なので、どれも使えるようになって欲しい。たとえば、行列で書いて
となる式は、テンソルで書くと、
または
となる。ここでも添字のどことどこを揃えるかというルールがあるが、図で書いた時「揃える足をつないだ線が交差しないように」と覚えておくとよい。
このような回転に関しても、運動方程式の形が変わらないことを確認しよう。
から、
同様に
となる。ゆえに、
を「回転された力」と考えれば*5、
が成立し、回転前と同じ運動方程式が成立している。
このことも、行列およびテンソルを使った書き方で示しておく。行列で表現すると
と書かれる。角度θが時間tによっていなければ、この二つの式は等しい。また、としてを使って表すならば、運動方程式は
と変わる、ということになる。が時間によらなければ、この二つは等しい。
回転の場合、運動方程式の全体の形は変わらないが、個々の成分の値は変わる(x成分がからになるように)。このような場合は「不変(invariant)」とは言わず「共変(covariant)」という言い方をする。ニュートンの運動方程式は回転に対して共変である。
行列表示あるいはテンソル表示では、「変換」を表す部分が行列だったりだったりして、式の中で一カ所に集まって表現されている。そのため、何かの「変換」を行うことで新しい座標系での運動方程式が出ている(しかも、その「変換」は左辺も右辺も同様に行われる)ということがわかりやすいかと思う*6。
[演習問題1-1] 質量を持つ質点の系で、運動エネルギー保存則
が成立していたとしよう(ある時刻に、質量を持つ物体がの速度を持っており、一定時間たった後には質量で速度がになったとする)。この保存則をガリレイ変換する。「どんなふうにガリレイ変換しても、その座標系において運動エネルギー保存則が成立する」という条件を課すと、いかなる物理法則が導かれるか?
ヒント:ガリレイ変換すれば全ての速度がと変わる(は座標系間の速度)。任意のに対してエネルギー保存則が成り立つ条件を考えよ。
[演習問題1-2]上の問題ではエネルギーが保存しているとしたが、
#jsmath( {1\over2}m_1 |\vec v_1|^2 +{1\over2}m_2 |\vec v_2|^2 +\cdots +\underbrace{\Delta E}_{エネルギーの増加} ={1\over2}M_1 |\vec V_1|^2 +{1\over2}M_2 |\vec V_2|^2 +\cdots ) のように、前後でだけエネルギーが増加するという場合で考えよう。上で求めた条件と同じ条件が成立するとしたら、それはどういう場合か?
[演習問題1-3]直交行列の行列式は1か-1か、どちらかであることを以下を使って示せ。
[演習問題1-4]2×2の直交行列Aの行列式には、どのような幾何学的意味があるか。その意味を考えて、が1または-1であることの意味を説明せよ。
ヒント:行列式は、ベクトル と の何???
[演習問題1-5]直交行列と直交行列の積は直交行列である。これを行列で表現すれば、
ならば、 すなわち、
となる。テンソル表記を使ってこれを表現し証明せよ。
前にも書いたが、アインシュタインが後に相対論へと続く道の中で、最初に抱いた疑問は「光の速さで飛ぶと波の形をした静電場や静磁場が見えるんだろうか?」だったと言う話がある。例えばz方向に伝播する電磁波
ここで、進行する電磁波のアニメーションを見せた。
ここで、およびと電磁波の進行との関係をまとめておく。の物理的意味は、「その地点の周辺で電荷qを、微小な面積をなす周回路で一周させた時、電場がqに対してなす仕事はになる」と考えることができる。静電場では、であるので、この仕事は0になる。ここでもし仕事を得ることができたとすると、同じところを電荷をぐるぐる回すことでどんどんエネルギーを得ることができる。つまり、「静電場では」というのはエネルギー保存則であると解釈できる。磁場が増加している時はとなる*7。
上の図に書かれている四角の回りに電荷を周回させたとすると電場から仕事をされることになる。それは図の左側の辺と右側の辺で電場の強さが違っていることからわかる(上と下の辺では電場と運動方向が垂直なので仕事は0)。その場所では、磁束密度が増加または減少する。この「電場のrot→磁場の時間変化」という関係と同様に「磁場のrot→電場の時間変化」という関係が成立するので、電場と磁場は空間変動が時間変動を生み、時間変動が空間変動を生むという形で波が進行していく。
もし、空間に一部に強い電場、周りに弱い電場があるような状態があったとしよう(右図の左側)この空間ではが0ではないから、必然的ににしたがって磁場が発生する。発生する磁場はと逆を向くから、図にあるように、強い電場の周りに渦を巻くような磁場ができる。すると今度はにしたがって*8電場が発生するが、この電場は元々あった電場を弱める方向を向いている。
つまり、マックスウェル方程式の中には、一部分だけ電場が強い領域があったら、そこの電場を弱めようとするような性質が隠れている。マックスウェル方程式は空間的変動(など)と時間的変動(など)を結びつける式になっており、しかもその組み合わせによって空間的な変動を解消しようとする方向へ物理現象が進む(言わば「復元力が発生する」のである)。
弦の振動や、水面にできる波などに関しても、この「空間的変動が時間的変動を生み、空間的変動を解消しようとする」というメカニズムが波を進ませる原動力である。
弦の振動の場合を考える。ピンと張られた弦には張力が働いている。張力は常に弦の方向に働く。曲がった状態にある弦の微小部分を考えると、両方からの張力の合力は弦の曲がりを解消しようとする方向に向く。まっすぐな状態になると、弦には全体としては力が働かなくなる。ゆえに、弦はまっすぐになろうとする(つまり「復元力を持つ」)。水面にできる波も同様で、何かの原因で水面に盛り上がったりくぼんだりしている部分があると、盛り上がった部分を下げ、くぼんだ部分を上げるように水が移動する。弦の振動でも水面でも共通する大事なことは「空間的な変化が時間的変化を生む」という物理現象が「波の伝播」という現象を引き起こしているということである。自然界には、何かに不釣り合いがあるとそれを正そうとする力が働くようで、その力により振動や波が発生する。自然界のあちこちで「波」が発生するのはそのおかげである。
すでに述べたように、電磁気についても、同じ原則が成立している。よって、「波の形をしているが振動しない電磁場」というのは、「両端を引っ張られているのに、曲がったままで直線に戻ろうとしない弦」や「一部がいつまでも盛り上がったまま、崩れもしない水面」と同じぐらい不思議な現象なのである。18歳のアインシュタインを悩ませたのも不思議ではない。
さて、光速度で走る人から見た電磁波の問題に戻り、より具体的に「止まった電磁波はあり得ない」ことを確認しておこう。電磁波を速度cで走りながら見たとすると、その観測者にとっての座標系(X,Y,Z,T)は速度cでのガリレイ変換を施した座標系
だと考えられる。座標の変換だけを行えばよいのだとすると(つまり、電場や磁場は座標変換しても同じ値を保っているとすると)、この系での電場と磁場は
となり、波の形をして止まっている電場と磁場が見えるように思われる。しかし、この解はマックスウェル方程式を満たさない。例えばのX成分はとなり、ゼロではない(図に点線で書き込んだ正方形を一周すると、電場は仕事をする!)が、である。これではを満たせないのである。
したがって、マックスウェル方程式かガリレイ変換か、どちらかを修正しない限り、我々のこの宇宙は記述できないことがあきらかになるのである。ではどちらを修正すべきかを考えねばならない。もちろん最終的に決め手となるのは実験なのだが、次の節ではマックスウェル方程式の方に有利な証拠をまず述べよう。
アインシュタインの規約の規約でΣを省いた時、jがいくらからいくらまでとか書かないんですか?
「文脈を読んで判断しろ」ということになります。今2次元の話しているんだから1,2でしょ、という感じで。
テンソルを使うのはいいけど、肩に数字をつけるのは乗数と紛らわしい。もっといい方法はなかったんですか?
うーん、確かに紛らわしいんですが、そこも「文脈で判断しろ」ということになっているようです。
うーん、だんだんイメージがわかなくなってきそうですが、、、とりあえず、なぜガリレイ変換がダメかということを理解しようと思います。
ここまではまだ相対論が始まってませんから、イメージもつきにくいかもしれません。なぜガリレイ変換がダメなのかは、実験で決まることなので、来週の話をよく聞いてください。
マックスウェル方程式が出てきたので、電磁気を復習しておかなくてはいけない(複数)。
マックスウェル方程式は、心と頭にしみつけておくぐらい勉強しときましょう。
授業の最初で車と同じ速度で電子が走ったらという話がありましたが、車の中にいる人から見た状態での方程式も、外から見ている人の方程式も、どちらの状況にもあてはまる方程式はないということですか?
この授業の中では、まだありません。もう少しすると、両方にあてはまる方法が出てきます。
ガリレイ変換とマックスウェル方程式は仲が悪いわけですね。
そうです。どっちかに遠慮して退場していただかないと、物理が作れない。
なんかマックスウェル方程式の方が間違っている気がする。
その気持ちはわかります。しかし、どっちが正しいのかは実験で決めなくてはいけないのです。
アインシュタインはものすごい計算をしている人だからこそ、アインシュタインの規約を作ったんだなと思った(複数)
実際、テンソルの計算えんえんやっていると「Σなんて書いてられるかぁ!」という気分にすぐなります。
関係ない質問になりますが、ウルトラマンのビームって電磁気学で説明できますか?
できません(^_^;)。だいたい、ああいうのに出てくる「なんとか光線」って、全然光線じゃありませんし。