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4.2 光速度不変から導かれること---ウラシマ効果

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マイケルソンとモーレーの実験における、南北方向の光について思い出す。実験装置が動いていないという立場(地上にいる人の立場)で観測すると、距離2L を光が進むので、往復に{2L\over c}かかる。一方同じ現象を、装置が速さv で東に動いているという立場(地球外の人の立場)で観測する。この人にとっては光は南北方向にではなく、少し斜めに(光の速度ベクトルcと地球の速度ベクトルvが図に書いたような関係になるように)進んでいる。この人にとっての光の速度の南北方向成分は\sqrt{c^2-v^2}になる(当然cより遅い)。

ゆえにこの時に光が発射されてから到着するまでの時間は{2L\over \sqrt{c^2-{v^2}}}となる(Lは南北方向の距離であることに注意せよ)。つまり、地球外の人の方が同じ現象にかかった時間を{1\over\sqrt{1-{v^2\over c^2}}}倍だけ、長く感じることになる。

このように、動いている人(この場合は地球上にいる人)の時間は止まっている人(この場合は宇宙から観測する人)の時間より遅くなることになる。これを浦島太郎の昔話になぞらえて、ウラシマ効果と呼ぶ。

ここで、地上でも宇宙でも相手の方が時間が遅いと感じるなんておかしい、と思うかもしれないが、次のように考えるとおかしなところは何もない。

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地上で実験する場合、光の発射と到着は図Aに矢印で「発射」と「到着」と示した2つの時空点である。この場合、x'座標系で見て同じ場所に光が戻っている。x座標系でみれば、同じ場所に光は戻っていないことになる。一方、宇宙で実験する場合(図B)の「発射」と「到着」は、x座標系で見て同じ場所に光が戻る(x'座標系では同じ場所に戻らない)。

どちらで実験する場合も、実験装置と共に動いている方は、{2L\over c}という時間を観測する(これは相対性原理からして当然)。もう一方は、その時間を、「自分の時間」を使って測定するのだが、互いの同時刻面は相手に対して傾いている。その傾きがゆえに、双方が「おまえの時間の方が遅い」と判断することになるのである。

図B'は、図Bを、x'-t'座標系が垂直になるように書き直したものである。ct 軸に関しては図Bを左右逆転したような図になっている(速度逆向きの座標変換だから)。

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また、図C中の点線は原点からいろんな速度で出発した人の時計が同じ時刻を刻む時空点を線でつないだものである。速く動く人ほど持っている時計は遅く進むので、垂直に対して傾いた軌道をとっている人ほど、止まっている人との時間差が大きくなる。

結局、x'-t'系での同時がx-t座標系から見ると傾いていてx-t座標系での同時と同じではないため、このように「互いに相手の時間を短く感じる」という一見矛盾した結果が出る。

でも、ロケットが地球に戻ってきて比べると、ロケットの方が遅れているんですよね?

はいそうです。でもそれは、途中でロケットが加速度運動するからなんです。地球の方は静止というか、等速直線運動してます。加速するとどう変わってくるのか、ということは後でまた話します。

ロケットから見たら、地球が離れていって戻ってくるということではないんですか?

ロケットと地球の立場は全く同じではないんですよ。ロケットの方は加速する、つまり運動方程式に従って力を及ぼして運動状態を変化させる。地球の方はそんなことをしない。ちなみにロケットが静止しているから地球を見ると、Uターンの時にものすごく変な動きをすることになります。それは後でお楽しみ。

以上、この章では、「光速度が誰から見ても(どんな慣性系から測定しても)同じである」という事実から

  1. 物体の長さは見る立場によって違って見える(長さのスケールは絶対ではない)*1
  2. 見る立場によって二つの事象が同時かどうかは変わってくる(同時性も絶対ではない)。
  3. 経過する時間は見る立場によって違って見える(時間のスケールも絶対ではない)。

ということが帰結されることを説明した。

これは日常的な感覚からすると非常識に聞こえる。しかし、我々の「日常的な感覚」は、飛行機に乗ったとしてもせいぜい3\times 10^2m/sつまり光速度の100万分の1の速度でしか運動しない生活で培われたものであることを忘れてはいけない。

たとえばウラシマ効果の係数{\sqrt{1-{v^2\over c^2}}}は光速度の100万分の1(10^{-6})の場合、

\sqrt{1-\left(10^{-6}\right)^2}=0.99999999999949999999999987499999999993749999999995\cdots

であって、1よりも0.5\times10^{-12}程度小さいだけである。この程度の時間差は日常では関知できないから、そんな差が生まれているとはとても思えない。しかし、精密に測定すればもちろん実験で確認できるのである。

このような話を「そんな常識はずれな!」「感覚に合わない。なんかおかしい」と批判し受け入れない人は多い。しかし、だが、我々の``常識''は、光速よりも遙かに遅い運動でしか運動しない生活の中で作られたものだということを忘れてはいけない。現実の世界は、そういう狭い経験しか持っていない人間の常識から来る感覚とはずれたところにある*2。実験技術の進歩と物理学そのものの発展が、我々の日常の生活では実感できないような現象を理解するためには、「新しい常識」を作っていかなくてはいけないことを教えてくれた。今や相対論や量子論の助けなしには様々な機械がちゃんと動かない世界に我々は生きている。「相対論って感覚に合わないから間違っているのでは?」「量子論って常識はずれだからどこかに嘘があるのでは?」と考えるのは、「地球が丸いなんて信じられない、平らなはずだ」と言っていた昔の人と同様に、今となっては愚かなことである。

常識が役に立たない物理現象を相手にする時、我々の思考の助けになってくれるのが数式である。次の章では、以上の結果を数式でまとめて、もう一度考察していこう。

上で「次の章」と書いてあるのは間違いで、すぐに始まる。また、テキストではこの後に「結果をまとめよう」という部分があるが、この部分の文章は場所を間違えているので無視してください。

この変換を最初に導いたのはアインシュタインではなくローレンツなので、これを「ローレンツ変換」と呼ぶ。しかし、ローレンツはローレンツ変換における新しい座標での時間t'を「局所時」と呼んで、本当の意味の時間ではないと考えていたらしいし、ローレンツ短縮は物理的収縮だと考えていた。数式としては正しいものを出していたが解釈を誤っていたわけである。なお、この時期にはポアンカレもローレンツ変換を導き、相対論とほぼ同等な理論を作っている*3。前にも述べたが、「天才一人が現れてそれまでの物理ががらっと変わる」などということは実際には起きない。相対論も、アインシュタイン一人が作ったものではない。

4.3 x-ctグラフで見るローレンツ変換

前章の電車の問題で、同時刻線が傾くということを確認した。ここで、どれくらい座標系が傾かなくてはいけないかを作図で示してみよう。

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上の図の(x',t')座標系は電車の静止系である。電車が速度vで動いているように見える座標系(x,t)座標系での物理現象を描くと、次のようになる。

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x'=0の線、すなわちt'軸が電車の後端の軌跡に重なるようにグラフを書いた。このx'=0の線上では、x=vtが成立する((x,t)座標系では電車が速度vで走っている)ことに注意しよう。

電車の先端と後端から光が出てPに到達したわけだが、先端から光が出たその瞬間の時空点をQとした。電車の静止系で見ると、先端と後端から光が出た瞬間(Q とO)は同時刻である。ここで、Q\toPと来た光がそのまま突き抜けて、後端に達した時空点をRとする。また、O\toPと来た光がそのまま突き抜けて、先端に達した時空点をSとする。ORとQSは、どちらも同じ電車の一部の運動を表しているので、平行線である。また、OQとRSは、どちらも電車にとっての「同時刻」線であり、電車は一様な運動をしているのだから、平行線である。よってOQSRは平行四辺形なのだが、ここでP点でのOSとQRの交わりを考える。この二つの線分はどちらも45度の斜め線であるから、直交している。対角線が直交する平行四辺形は菱形である。このことは、このグラフ上におけるx'軸とx 軸の角度が、ct'軸とct軸の角度と等しいことを意味する。つまり、この図はx\leftrightarrow ctという取り替え(図で言うと、45度線を対称軸とした折り返し)で対称である。

ct'軸状ではx-vt=0が成立するのだから、

x-{v\over c}(ct)=0 \leftrightarrow ct -{v\over c}x =0

という対称変換をほどこすことで、x'軸の上ではct -{v\over c}x =0が成立していることがわかる。

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対称変換がわかりにくい人は、こう考えよう。(x,ct)座標系で見ると、ct'軸の傾きは{c\over v}である(つまり、ct'軸上でx方向にv進むと、ct軸方向にc進む)。式で書けば、ct'軸は

ct={c\over v}x  書き直せば   x={v\over c}ct

なのである。 一方、x'軸とx軸の傾きは、ct'軸とct軸の傾きと同じ角度であることを考えると、x'軸は(x,ct)座標では{v\over c}の傾きを持つ。そう考えると、x'軸は

ct={v\over c}x

となる。

x'=0がx-{v\over c}ct=0に対応し、ct'=0がct-{v\over c}x=0に対応するということから、

x'= A\left(x-{v\over c} ct\right)

ct'= B\left(ct-{v\over c}x\right

となることがわかる。

という中途半端なところで時間が来た。この後、A=B={1\over\sqrt{1-v^2/c^2}}とわかる。

学生の感想・コメントから

動いている人と止まっている人がすれちがうとお互いに相手がスローモーションに見えるというのが不思議だった。

上でも少し説明してますが、授業中はあまり触れませんでした。でも相対論は「相対的」なので、どっちから見ても同じことが起きないとまずいわけです。

今日聞いた話からすると、x'軸とct'軸はx=ctの直線に関して逆関数ってことですね。ということは、最後の式のAとBは逆数の関係ですか?

おしい。実はA=Bになります。そうやって、ちょうど正しいのです。

ローレンツ変換のx'=A(x-vt)がそもそもどうやって出たのかわからないです。

授業中も話した筈だけど、x座標系で速度vで進んでいるものが、x'座標系では止まります。つまり、x=vtで表現できる場所にいる物体は、x'座標系ではx'=0にいるわけです。そうなるような関係として、x'=A(x-vt)と考えました。

ガリレイ変換とローレンツ変換の違いがわからない。

うーん、時間座標の変換が全然違いますが。

ロケットがUターンした時の時間がどうなるのか知りたい。

そのうち、説明します。

計算が難しい。

え? 計算は足し算と引き算と掛け算と割り算しかしてませんよ。

なんで光の速さで動けないのか気になります。

後で、ニュートン力学を修正して相対論的力学というのを作ります。その力学では、物体が光速で動くには∞のエネルギーが要ります。

ローレンツ変換がまだわからない(残念ながら多数)

常識外れな話なので、なかなか実感できないのはしかたないと思います。じっくりと考え続けてください。

ビッグバン直後の宇宙膨張は光速より速いと聞きましたが、そうなるとそこでは相対論的な現象が起こっていたのでしょうか?

宇宙膨張というのは、(今勉強している)特殊相対論ではなく、一般相対論的な現象です。宇宙の膨張速度が光速より速いのはほんとなんですが、それは特殊相対論の話には抵触しません。ちゃんと考えるには一般相対論が要ります。


*1 これは前章の最後で、「ローレンツ短縮」として紹介した。
*2 同様に「常識外れだが、それでも真実」なものには量子力学がある。我々はふだん量子力学が重要になるスケールより遙かに大きいサイズの物体ばかり相手にしているので、量子力学が変ちくりんに見え、古典力学の方が真実っぽく見えてしまう。そういう意味では、我々は量子力学を実感するには大きすぎ、相対論を実感するには小さすぎる。
*3 この点に関してはローレンツ本人は後に、「局所時は本当の時間ではないという考えから抜け出せなかったのは失敗だった」という意味のことを述べている。ポアンカレの方はアインシュタインの相対論を無視したまま亡くなった。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:41