前回の続き、質量が不変量ではない、というところから。
このことは以下のように考えることができる。そもそも質量はという式を満たしている。2個の粒子のエネルギーを足す時、Eは常に正であるから、純粋に足し算される。ところが運動量を足す時は、この二つがベクトルであるため、運良く同じ方向を向いていた場合以外は、単純な和よりも小さくなる。たとえばというエネルギー、運動量を持った粒子とというエネルギー、運動量を持った粒子二つをひとまとめに考えると、全エネルギーはであり、全運動量はであって、この大きさはより大きくなることはない(たいてい、より小さい)。つまり合体の結果、より「時間成分が多い」ベクトルができあがる。これが質量を単純な和よりも大きくするのである。
相対論的に考えれば、かならずある座標系で見ればとなる。そうなってもはもちろん0ではなく、しかもこの大きさはより大きくなることがすぐにわかる。
左図のような4元ベクトルの足し算では、和の結果は元のベクトルを単純に足したものより長い(4次元的意味で、長い)ベクトルになるのである。
アインシュタイン自身は1905年の論文で以下のようにして質量とエネルギーが等価であることを導いている。今、静止した、質量Mの物体が反対向きに2個の光を出す。光のエネルギーが一個あたりEだとすると、物体のエネルギーは2E減るはずである。しかし、逆向きに飛び出したのであるから、物体の運動量は変化せず、今も止まっているはずである。これを、物体が速度V で動いて見える座標系から見たとする。Vの方向は光の飛び出した方向と同じだったとする(註:アインシュタインは角度θの方向に飛び出すとして一般的に解いている)。光はエネルギーEと運動量の大きさpの間にE=pcの関係があるので、物体の静止系ではエネルギーEで運動量である。運動している系では、これをローレンツ変換した量となる。表にまとめると、
静止系 | 運動系 | |||
エネルギー | 運動量 | エネルギー | 運動量 | |
物体 | 0 | |||
光1 | E | E/c | ||
光2 | E | -E/c | ||
放射後の物体 | 0 |
であり、この式を見ても、放射後の物体がの質量を持った物体として振る舞うことがわかる。なお、アインシュタインがこの式を導いた時、光のエネルギーと運動量が運動系でどのようになるのかはローレンツ変換によってではなく、電磁気の法則から導いている。アインシュタインはこのような考察から、どんな形であれエネルギーが放射されるとその物体の質量はだけ減少するであろうと結論した。もし、そうならないとしたらその現象はローレンツ不変でないということになってしまって、相対論的考え方としては非常に不都合なことになってしまう。
同様に、熱も質量に貢献する。熱が移動するということはミクロにみれば分子の運動エネルギーが増すということである。N個の粒子からなる系があるとして、書く粒子が4元速度を持っている(Iは粒子を区別する添字とする)とすると、全体としてはの4元運動量を持つことになる。このN個の粒子が箱に閉じ込められた気体だとして、箱の静止系で見れば運動量の和となる(全体として気体が動いてないのだから)。しかしはもちろん0ではなく、単なる静止エネルギーの和より大きくなる。つまり、箱に入った気体のように、個々の構成粒子は運動しているが全体としては静止しているような物体の質量は、その運動エネルギーに対応する分だけ、大きくなるのである。
という式は原子力などでのみクローズアップされることが多いが、もちろん原子力特有のものではなく、全てのエネルギーで成立すると考えられる。たとえば伸び縮みしたばねは、自然長のバネよりだけ質量が大きいであろうと思われる。ただしこのような日常的なレベルではという数字の大きさのために、観測可能なほどの差にはならない。
実はという式は、アインシュタインが作ったものでもなければ、相対論によって始めて導かれたものでもない。純粋に電磁気学的な計算から、電子のような荷電粒子を動かす時の抵抗(慣性に相当する)が、回りの電場のエネルギーの分だけ増えることを電磁気の法則から導かれていた。簡単に言うと、電子を動かそうとすると、回りの電場も動かさなくてはいけない。しかし、電場は電子と全く同じように時間的に変化することはできず、電場の変化は電子の運動に、少し遅れることになる。この遅れた電場は電子を加速と逆方向にひっぱるのである。
電子を加速するためには、その力の分だけ余計な力が必要になる。これがあたかも「電子の周りの電磁場も質量を持っている」かのように作用するのである。ポアンカレやローレンツの計算により、この質量は電磁場のエネルギーに比例し、かつと同じ速度依存性を持つことも計算されていたのである*1。もちろんこれだけでは、電磁的なエネルギーを起源とする質量以外に対しても同じ式が成立するかどうかは、実験してみないとわからない。ただ、ローレンツ変換に対する不変性を考えると、そうであることがもっともらしい(相対論的には自然な結論である)ということが言えるのみである。ローレンツ変換という座標変換に対する不変性は、一般の物理現象に対して要求してよいほどに大事な原理であろうと考えられる(たとえば力学と電磁気学はローレンツ変換で不変なのに、熱力学だけはそうではないということは考えられるだろうか??)。
幸いにも、実験は質量とエネルギーの等価性を支持している。たとえばヘリウムHe(2つの陽子、2つの中性子、2つの電子からなる原子である)の質量は4.0026032497u(uは原子質量単位)であって、重水素(1つの陽子、1つの中性子、1つの電子よりなる)の質量2.01410177779uの2倍より少し軽い。そもそも原子質量単位はC の質量を12uとして定義されているが、水素Hの質量は1.0078250319uである。このように原子は構成要素である陽子や中性子の質量の和を取ったものよりも軽くなる。これを質量欠損と呼び、その原因は原子が作られる時に、γ線などのさまざまな形でエネルギーが放出されることである。鉄など、周期表で真ん中あたりにある元素は質量欠損の割合がもっとも大きく、その分安定であり、ウランなどを核分裂させるとエネルギーが得られる理由はこれである。
ポアンカレやローレンツは相対論的見地を持って計算したわけではなかったのに、このような結果が出た。しかしそれは驚くにはあたらない。相対論はそもそも、電磁気学(あるいはマックスウェル方程式)を尊重することによって生まれたものである。だからマックスウェル方程式にしたがった計算を正しく実行すれば、相対論的にも正しい結果が出るのは当然なのである。特殊相対性理論がマックスウェル方程式によって記述される電磁気学を正しく発展させた結果生まれたものであることがこの事実からもわかる。むしろ、相対論を持って電磁気学が完結すると言ってもよい。
ここまでの話でわかるように、相対論は電磁気学を発展させることによって生まれた理論である。というより、古典電磁気学を完成させる最後の1ピースだったと言ってもいい。そこで、高校レベルの電磁気現象だけど、相対性理論を使わないと説明できない現象を一つ紹介しておこう。
電流が流れている導線から少し離れたところに静止した電子がいる。導線には流れている自由電子(−電荷)がいるが、静止している金属イオン(+電荷)もいて、全体として電荷は中和している。ゆえに導線のまわりに電場はない。電流があるから磁場はあるが、磁場は止まっている電子に力を及ぼすことはない。よってこの電子は力を受けない。
ここで、流れている電子と同じ速度で移動しながらこの現象を見たとしよう。電子は止まってしまうが、金属イオンは逆に動き出すので、やはり電流は流れている。故に磁場はやはり発生している。今度は外においてある電子は動いている。磁場中を動く電子は力を受けるので、この立場で考えると電子には力が働く。
さて、はたして電子に力は発生するのか、しないのか??
これって高校レベルでも出てくる疑問だから、高校の先生になって電磁気教えてたら質問されるかもよ(^_^;)。
電線の中の電子の動く速度はけっこうゆっくり(歩く速度より遅いぐらい)なので、この実験は実際にやることができるが、もちろん、電子は動かない。見る人の立場によって結果が変わるはずはない。
ちなみに、そのあたりの電線に流れている電気の場合でも、電子の速度って秒速1ミリぐらいです。
相対論を知っていると、この謎には下の図のような答を出すことができる。すでに電磁場のローレンツ変換を求めておいたので、それを見てもらうとわかると思うが、導線に対して動く人から見ると、導線に対して止まっている人には見えない電場が見えるのである。
この電場はもちろん、理由もなく発生するのではない。電場が発生する原因は、導線の中を考えるとわかる。最初導線内には等しい電荷があって電場がキャンセルしている、と言ったが、相対論によれば動いている物体はローレンツ短縮で長さが縮むはず。一群の電荷が動いたとすると、運動方向に圧縮されて電荷密度が上がることになる。ということは、今導線内にある電子の流れは「すでにローレンツ短縮した結果」として+電荷とキャンセルしている。これを動きながら見ると、今度は+電荷がローレンツ短縮により圧縮され、電子の方は逆に圧縮される原因がなくなり、いわば「圧縮が解除される」ことになるのである。結果として、運動しながら見ると導線は+に帯電していることになる。この+に帯電した導線は電子を内側にひっぱり、磁場によるローレンツ力を打ち消す。
この問題が教えてくれる教訓は「相対論なんてのは宇宙の話や素粒子の話をする時にしか出てこない、特殊な世界の話」と思いこんではいけないということである。量子力学がミクロな世界にとどまらないように、相対論も普段見る物理現象にも効いているのである。相対論の助けなしには、電磁気現象を完全に理解することはできない
[演習問題7-1] (速度の合成則)は、4元速度の考え方を使っても導くことができる。x'座標系で見ると4元速度を持っている物体があったとすると、x座標系では、
と、ローレンツ変換と同じ変換を受けることになる。これから速度の合成則を導け。
[演習問題7-2]x方向を向いた一定電場E中の荷電粒子(電荷q)の運動方程式は
となる。初速度0の場合でこの微分方程式を解いて、時刻tと速度の関係を求め、この粒子が光速を越えられないことを説明せよ。}{}{}
[演習問題7-3]非相対論的な力学で等加速度運動というと、
となる。もしこんな運動をするロケットがあったとすると、ロケット内部の人は自分がどんな加速度を持って運動していると考えるだろうか?(答えは「等加速度」では全くない!)
以下の手順で考えよ。
[演習問題7-4] 「γ線などのエネルギーにより、真空から電子と陽電子が発生する」という現象を「対発生」という。実際にはこの現象は
γ線の光子一個+もう一個の光子 → 電子+陽電子
という反応である(もう一個の光子は、周囲にある物質から提供される)。
γ線の光子一個 → 電子+陽電子
という反応は決して起こらないことを、4元ベクトルの保存則から証明せよ。
(ヒントその1:ここで光子は質量が0の粒子として扱えばよい)
(ヒントその2:証明がやりやすい座標系を選んで証明しよう。ある座標系で起こらないことは、他の座標系でも起こらない)
相対論の話が身近な現象としてあらわれていることに驚いた(複数)
相対論が電磁気とつながっていることに驚いた(これも複数)
授業中に何度も強調したつもりなんですが、相対論ってのは電磁気学から出てきたものなのです。だから電磁気の問題を考えていくと(たとえ身近なスケールでも)相対論の話が出てくるわけです。
このような身近な現象として現れるのは電磁気以外にありますか?
うーん、さすがに電磁気現象以外でというのはあまりないですね。後思いつくのは金が黄色い色をしているのは、金の周りを回る(回るというのは量子力学的に語弊があるのだけれど)電子の相対論的質量が重くなるということが関係している、というのもあります。
運動エネルギーが質量に変わるということは、速度が増えるごとに質量が大きくなるということですか?
質量は質量でも「相対論的質量」の方なら、そう言っていいです。「静止質量」の方は、ぶつかって運動エネルギーが減ると、その分増えることになります。
光速に限りなく近づける人工物は、何キロぐらいまでいけますか?
キロどころか、グラムでも無理です。現実に光速の99%以上に加速できるのは、電子や陽子と言った素粒子レベルの物体だけ。
電子がどれだけの速度で動いているかという話をしていた時、「あえての超ゆっくり!」と心の中で答えてたら、その予想を下回る遅さでびっくりしました。次は心の中でなく発言します。
あ、そうして欲しかったなぁ。
1円玉をプラズマ分解したら消せませんか?
それは名前の通り「分解」しているだけなので、質量を消していることにはなりません。ばらばらになったプラズマの質量を足したら、ほぼ1グラムあります。
原子核を2個に割るとエネルギーが出てくるのなら、なぜウランやプルトニウムが使われるんですか?
どんな原子でも2個に割るとエネルギーが出るわけじゃなくて、重い原子核を中程度の原子核にしないとエネルギーは出ません。鉄あたりの原子が、一番質量的には小さくなってます。