最初にちょっとベクトルポテンシャルについて話した。前回の最後でちょろっとベクトルポテンシャルの話をしたら、「エネルギーに向きがあるんですか?」という質問が来たので。もちろんエネルギーには向きがないが、電流の向きによってエネルギーが変わる、ということはあるのである。
上の図のように磁石の上に円電流を置くと、左の場合では円電流が外に引っ張られるので、その形は安定だが、右の場合では内に押される形になるので不安定になる。不安定ということは安定状態よりエネルギーが高い。つまり、電流の向きが変わればエネルギーが変わる。後でくわしくやるけど、電流密度$\vec j$とベクトルポテンシャル$\vec A$がある時、エネルギーは$U=-\vec j\cdot\vec A$と書かれる。つまり、電流とベクトルポテンシャルが同じ向きを向いているとエネルギーが下がる。上の図のグレーの矢印がベクトルポテンシャルである。
などと説明しつつ、周りから押されているという右図の状態が不安定であることを示そうと黒板消しを両サイドから押して「ほら今にも落ちそうでしょ」と力を入れたら、落ちた。。。。。。。ノートパソコンの液晶の上に(;_;)
液晶にひびが入って気持ちは半泣きの状態で授業続けました。
アンペールの法則はきれいにまとめられているが、実際の状況では使いにくいこともある。磁場を線積分したもの(磁場を力とみなした時の仕事)を与える法則であるため、磁場そのものを計算することができるのは、対称性がいい場合に限られる。この事情はガウスの法則が便利だが対称性がない状況では使いにくかったのと全く同様である*1。この章では、静磁場を求めるためにもう少し使い勝手のよい方法を考えよう。
ガウスの法則${\rm div} \vec D=\rho$にせよアンペールの法則${\rm rot} \vec H=\vec j$にしても、未知の量であることが多い$\vec D,\vec H$を微分すると$\rho,\vec j$が出てくるという形の式になっている。ゆえに$\vec D,\vec H$を求めるには積分が必要である。電場の場合、重ね合わせの原理があることと、点電荷の作る電場が$\vec E={Q\over 4\pi\varepsilon_0 r^2}\vec e_r$だったことを使って、電荷密度ρの電荷分布が存在しているならば、 $$ \vec E(\vec x)= \int d^3 \vec x' {\rho(\vec x')\over 4\pi \varepsilon_0 |\vec x-\vec x'|^2}\vec e_{\vec x'\to \vec x}$$ という積分をすることで電場を計算できた。この式と${\rm div}\vec E={\rho\over \varepsilon_0}$は等価である*2。
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磁場の場合でこれに対応する法則を作ろう。つまり、 $$ \vec B(\vec x)=\int d^3 \vec x'\left(\vec j(\vec x')と、\vec x-\vec x'の関数\right)$$ という法則を作り、各点における電流密度$\vec j(\vec x')$が与えられればその各点の電流密度が場所$\vec x$にどんな磁束密度を作るかを考え(当然それは$\vec x-\vec x'$に依存する)、全空間の$\vec j(\vec x')$の影響を足し上げる(積分する)ことで$\vec B(\vec x)$がわかるようにしたいわけである(上の図には既に答が書いてあるが、これを以下で導出していきたい)。
まず最初に「どんな向きの磁場ができるのか」を考えよう。その向きも、$\vec j$と$\vec x-\vec x'$で決まる。直線電流の例からわかるように、電流の作る磁場は、電流とも、電流からその位置にひっぱった変位ベクトル(図の$\vec x-\vec x'$)とも垂直である。よって、$\vec j\times (\vec x-\vec x')$が出てくることを仮定する。$\vec j\times(\vec x-\vec x')$は$\vec j$とも$\vec x-\vec x'$とも直交し、$\vec j$から$\vec x-\vec x'$の方向に右ネジを回した時に進む方向であるので、磁場のできる方向を向いているようである。
こうして、各点各点にある微小電流素辺が作る微小磁場を足していったものがその場所の磁場になる。
ではある程度この形を予想しよう。まず、 $$ \vec B(\vec x)=K \int d^3 \vec x' {\vec j(\vec x')\times (\vec x-\vec x')\over |\vec x-\vec x'|^n}$$ としてみる。Kは比例定数であり、nは距離によってどの程度磁場が弱まっていくかを決定する数字である。
磁場と電場の法則がよく似ていることから考えて「電流の作る磁場も、距離の二乗に反比例するのでは?」と予想すれば、n=3となる。「二乗に反比例」なのにn=2でないのは、分子にも$\vec x-\vec x'$があるからである*3。
とりあえずn=3とおいて、この式で計算した磁場が無限に長い直線電流の場合の答である$\vec H={I\over 2\pi r}\vec e_\phi$を再現するように、定数Kの値を決めてみよう。
電流密度は$j_z$しかない。よって$\int dx'dy'dz' j_z$という積分*4を行うのだが、このうち$\int j_z dx'dy'$をやってしまうと、全体の電流Iになる(電流密度を面積積分したことに対応する)。電流はz'軸(x'=y'=0)の付近に局在している(つまりその部分だけが0でない)場合を考えているので、積分の結果x'=y'=0の部分だけが残ると考えてよい。結局$\vec x'=z'\vec e_z$となる。後は残ったdz'積分をやっていく。
$\vec x=r\vec e_r+z\vec e_z$として、 $$ \vec x-\vec x'=r\vec e_r+(z-z')\vec e_z$$ である。電流は$I\vec e_z$であるから、外積を取ることで$\vec e_z$の部分は消えてしまって、$\vec I\times (\vec x-\vec x')= rI(\vec e_r\times \vec e_z)=rI\vec e_\phi$となる(下の図を参照)。
これを使うと、 $$ \vec B(r)=K \int_{-\infty}^\infty dz' {Ir \over (r^2+(z-z')^2)^{3/2}} \vec e_\phi$$ となる。
答はzによらないことは明らかなので、z=0の場合を計算することにして、 $$ \vec B(r)=K \int_{-\infty}^\infty dz' {Ir \over (r^2+(z')^2)^{3/2}} \vec e_\phi$$ を計算しよう。この積分は前に帯電した棒の場合にした計算と同じである。よって、$z'=r\tan\theta$とした*5後θを$-{\pi\over2}$から${\pi\over2}$まで積分すれば計算できて、結果は $$ \vec B(r)={KI\over r} \int_{-{\pi\over2}}^{\pi\over2} {d\theta\over \cos^2\theta} {1\over (1+\tan^2\theta)^{3/2}} \vec e_\phi={2KI\over r}\vec e_\phi$$ となる。
この答が$\vec B={\mu_0I\over 4\pi r}$と一致しなくてはいけないので、比例定数Kは${\mu_0\over 4\pi}$とすればよい*6。
以上から、体積積分の形で書いたビオ・サバール(Biot-Savart)の法則の形が決まった。
電流密度$\vec j(\vec x)$が空間に存在している時、$\vec x$における磁束密度$\vec B(\vec x)$は $$ \vec B(\vec x)={\mu_0\over 4\pi} \int d^3 \vec x' {\vec j(\vec x')\times (\vec x-\vec x')\over |\vec x-\vec x'|^3}$$ である。
今は無限に長い直線電流の場合でのみ式を合わせたので、実際に他の状況でも成立するかどうかは実験で確認すべきことであるが、もちろん確認済である。
さて、電流密度が与えられている時の式は以上の通りだが、実際には電流密度ではなく電流Iと、その電流がどの場所を通っているかという線(導線の位置)が与えられてている場合が多い。太さの無視できる細い導線に電流Iが流れているとする(このIは定数である。分岐する電流は考えないので、導線上では一定)。その時は電流密度は導線のある場所でのみ0ではないので、空間積分は導線のある場所のみの線積分でよいことになる。
電流がx方向を向いている時であれば、 $$ \int dx \int dy \int dz~~ j_x \vec e_x\times(\cdots)$$ という計算をしなくてはいけないわけだが、$\int dy \int dz j_x $でちょうど「電流密度×電流に垂直な面積」になっているから、この積分で電流Iが出る。
つまり積分は $$ \int dx ~~I \vec e_x\times(\cdots)$$ に変わるわけである。今は電流がx方向を向いているという特殊な状況を考えたのでdx積分だけが残る結果となったが、電流が一般の方向を向いているならば答は3つの成分を持つことになる。つまり、電流のx成分に比例する部分はdxで積分し、y成分、z成分に対応する部分はそれぞれdy,dz積分することになる。ようは、 $$\int \left(Idx\vec e_x+Idy\vec e_y+Idz\vec e_z\right)\times(\cdots)$$ という計算をしなさい、ということである。 結果をまとめると、 $$ \int dx \int dy \int dz \vec j \times(\cdots)\to I\int d\vec x\times(\cdots)$$ と積分が書き換わる。$d\vec x$は(dx,dy,dz)という成分を持つベクトル($d\vec x=dx\vec e_x+dy\vec e_y+z\vec e_z$)である。 $$ \int d\vec x\times \vec A$$ のように書くと、この積分結果はベクトルであり、 $$\begin{array}{l}\left( \int d\vec x\times \vec A \right)_x =\int \left(dy A_z - dz A_y\right),\left( \int d\vec x\times \vec A \right)_y =\int \left(dz A_x - dx A_z\right),\left( \int d\vec x\times \vec A \right)_z =\int \left(dx A_y - dy A_x\right)\\\end{array}$$
Iが定数なので積分の外に出てしまったことに注意。この積分の置き換え($\int \int \int \int d^3\vec x\vec j \to I \int d\vec x $)はよく使われる。
電流Iが空間を流れている時、$\vec x$における磁束密度$\vec B(\vec x)$は $$ \vec B(\vec x)={\mu_0I\over 4\pi} \int {d\vec x'\times (\vec x-\vec x')\over |\vec x-\vec x'|^3}$$ である。積分は、存在している電流の経路全体について行う。
と、ここまで話したところで、円電流の場合のビオ・サバールの法則でのそれぞれのベクトルの向きを見せるための3Dアニメーションアプレットを見せました。ここで今日の授業は終了。
この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
少しだけ楽な導出方法をもう一つ紹介しておく。ただしこの導出法には「電流と磁場の間に働く力は互いに逆向きで大きさが同じである」という仮定が必要になる*7。
今、場所$\vec x$に磁極mを置く。この磁極は場所$\vec x'$には $$ \vec B= m{\vec x'-\vec x\over 4\pi |\vec x'-\vec x|^3}= {m\over 4\pi |\vec x'-\vec x|^2}\vec e_{\vec x\to \vec x'}$$ という磁束密度ができる(磁場に関するクーロンの法則)。
この場所にIという大きさで、$d\vec x$なる長さと方向を持つ電流素辺があったとすると、この素辺の受ける力は、$\vec F=Id\vec x\times \vec B$で計算して、 $$ \vec F= mI {d\vec x \times (\vec x'-\vec x)\over 4\pi |\vec x'-\vec x|^3}$$ となる。さて、今計算したのは「磁極が電流に及ぼす力」であるが、これと向きが逆で大きさが同じ力が「電流が磁極に及ぼす力」として働くとする。その力は $$ \vec F= -mI {d\vec x \times (\vec x'-\vec x)\over 4\pi |\vec x'-\vec x|^3}= mI {d\vec x \times (\vec x-\vec x')\over 4\pi |\vec x'-\vec x|^3}$$ である。これを磁極の大きさmで割れば「電流によって作られる磁場」$\vec H$が計算できる。結果は上の式と同じである。
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この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
電場を求める積分と磁場を求める積分の決定的な違いを一つ述べておこう。それは
「孤立した電荷は存在するが、孤立した電流は存在しない」
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ということである。電荷はある一点にだけ存在することが有り得る(いわゆる点電荷)。しかし、電流は「流れ」である以上、一点だけに流れているわけにはいかず、かならず流れがつながらなくてはいけない。
数式で表現するならば、${\rm div}\vec j=0$でなくてはいけないのである。ビオ・サバールの法則はあたかも「微小な電流素辺が微小な磁場を作る」という法則のように書けているが、これを文字通りに解釈してはいけない。「微小な電流素辺」は実在しないからである。
なお、正電荷の溜まる場所と負電荷の溜まる場所があって、その間に電荷が流れて入れば「電流素辺」もあるのでは、と考える人もいるかもしれない。だがその場合、図の正電荷は減少し続けることになり、正電荷の作る電場は時間変動する。数式で書くと、${\rm div} \vec j=-{\partial \over \partial t}\rho$となる(つまり、電流が湧き出すところでは、電荷密度ρが減少する)。
時間変動する電場は、磁場にある影響を与えるのである。したがって、このような状況で静磁場の法則であるビオ・サバールの法則を使えるかどうかは慎重に検討しなくてはいけない問題になる。これについては「時間変動する電磁場」の章で詳しく説明しよう。
今日のは難しかった(多数)
うーん、ちょっとやることが多すぎたか。でも後々やることがたくさん残っているんですよねぇ。。。。
ビオ・サバールの法則が使えない時ってありますか?
電流が時間的に変化しているような場合には使えません。今やっているのはあくまで「静磁場」ですから。
ビオ・サバールの法則の線積分形が便利だと思った。
実際にはこっちを使うことの方が多いです。
動画を見てやっとイメージできました(という人多数)
立体的な外積のイメージって、なかなかできないんですよねぇ。動画、見て納得してください。
HとBの違いがわかりません。どんな場合にHを使い、どんな場合にBを使うのですか?
今は真空中の話をしているので、どっちでも同じです。HとBは定数倍違うだけで同じものですから。物質(特に磁性体)中の話をする時には、差が出てきますが、どんな場合にもHとBは両方あります。何を計算したいかで違います。このあたりは、また磁性体の話をする時に。
等電位面みたいに等磁力線面を考えることはできますか?
名前としては「等磁位面」でしょうね。考えることはできますが、「電流の周りを一周回ってくると同じ場所なのに磁位があがっている」という不都合をがまんしないと使えません。
ビオ・サバールの法則の計算ってめっちゃめんどくさそうなんですが、この先こんなんばっかりですかね?
まぁ似たようなものです。現実的に意味のある量を計算するとなるとそれなりに計算量は増えます。
距離の自乗に反比例すると仮定したけど、3乗だと仮定してもうまくいくんでしょうか?
いきません。実際にうまくいく奴だけを説明したわけです。もっとも自乗に反比例するということの予想は、ある程度立てることができます。
パソコン大丈夫ですか?(多数)
今このページも打ってますから、一応動くんですが。でもこれ、修理か買い直すかしないとダメだなぁ。
力の向きがややこしくてなかなか頭の中で想像できないので、もっといろんなグラフィックを見せて欲しい。
なるべく作りますが、いっそ想像するのをやめて、計算ルールどおりに計算していく、というのも一つの手です。「数式に考えてもらう」というわけです。
次はポテンシャルのgradですね。
いやたぶん次の次。それに、実はポテンシャルのrotです。
アニメーションがわかりやすかった(多数)
あれでイメージつかんでくださいね。
アニメーションを見ていると、積分がたいへんだということが実感できた(複数)
そうなんです。計算はけっこうたいへんです。
アニメーションは先生が作っているんですか?
そうですよ。今日のは昨日の夜作りました。
ビオ・サバールの法則は体積積分より線積分の方がわかりやすいので、線積分の公式のみ覚えてもいいですか。
どちらかというと線積分の方がよく使う公式なので、覚えるという意味ではそっちがいいかもしれません。でも両方でイメージできるようにしておいてください。
ビオ・サバールの法則を最初に作った人も電場の式から予想を立てたのですか?
いいえ。電流と磁極の間に働く力の実験事実から作りました。まずは実験ですから。
外積取るとsinとか出てくるけど大丈夫ですか?
出てきたら、それつかってちゃんと計算すればいいだけのことじゃないですか。sinごときが怖くて物理はできません。
ガウスの法則やアンペールの法則を一つにまとめた式はないんですか?
相対論を勉強すると出てきます。
$\vec I$と$\vec r$が真逆を向いている時は磁場は消えているのですか?
真逆の時も、同方向の時も、磁場はなくなります。