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第3章 電磁気学の相対性

3.1 電磁波は静止できるのか?

前にも書いたが、アインシュタインが後に相対論へと続く道の中で、最初に抱いた疑問は「光の速さで飛ぶと波の形をした静電場や静磁場が見えるんだろうか?」だったと言う話がある。例えばz方向に伝播する電磁波

E_x=E_z=0,E_y=E_0 \sin k(z-ct), B_y=B_z=0,B_x={E_0\over c}\sin k(z-ct)
(電磁波の式)

テキストの式はx,y軸の方向が図とあっていませんでした。↑のように訂正してください。

は真空中のマックスウェル方程式

\begin{array}{cccc} {\rm div} {\vec B}=0 &~~~~ {\rm rot}{\vec E}=-{\partial {\vec B}\over \partial t}&~~~~  {\rm div} {\vec E}=0 &~~~~ {\rm rot}{\vec B}={1\over c^2}{\partial{\vec E}\over \partial t} \\\end{array}
(真空中のマックスウェル方程式) の解である。
denjiha.png

↑クリックするとフルサイズで見ることができます。

↑の図のアニメーションアプレットはここにあります。

rotEdS.png

ここで、{\rm rot}\vec Eおよび{\rm rot}\vec Bと電磁波の進行との関係をまとめておく。{\rm rot}\vec Eの物理的意味は、「その地点の周辺で電荷qを、微小な面積\Delta Sをなす周回路で一周させた時、電場がqに対してなす仕事はq\left({\rm rot} \vec E\cdot \Delta \vec S\right)になる」と考えることができる。静電場では、{\rm rot}\vec E=0であるので、この仕事は0になる。ここでもし仕事を得ることができたとすると、.同じところを電荷をぐるぐる回すことでどんどんエネルギーを得ることができる。つまり、「静電場では{\rm rot}\vec E=0」というのはエネルギー保存則であると解釈できる。磁場が増加している時は{\rm rot}\vec E=-{\partial\vec B\over \partial t}となる*1

rotE2.png

上の図に書かれている四角の回りに電荷を周回させたとすると電場から仕事をされることになる。それは図の左側の辺と右側の辺で電場の強さが違っていることからわかる(上と下の辺では電場と運動方向が垂直なので仕事は0)。その場所では、磁束密度が増加または減少する。この「電場のrot→磁場の時間変化」という関係と同様に「磁場のrot→電場の時間変化」という関係が成立するので、電場と磁場は空間変動が時間変動を生み、時間変動が空間変動を生むという形で波が進行していく。

DenbaGensui.png

もし、空間に一部に強い電場、周りに弱い電場があるような状態があったとしよう(右図の左側)この空間では{\rm rot} \vec Eが0ではないから、必然的に{\rm rot} \vec E=-{\partial\vec B\over \partial t}にしたがって磁場が発生する。発生する磁場は{\rm rot} Eと逆を向くから、図にあるように、強い電場の周りに渦を巻くような磁場ができる。すると今度は{\rm rot} \vec H={\partial\vec D\over \partial t}にしたがって*2電場が発生するが、この電場は元々あった電場を弱める方向を向いている。

つまり、マックスウェル方程式の中には、一部分だけ電場が強い領域があったら、そこの電場を弱めようとするような性質が隠れている。マックスウェル方程式は空間的変動({\rm rot} \vec Eなど)と時間的変動(-{\partial\vec B\over \partial t}など)を結びつける式になっており、しかもその組み合わせによって空間的な変動を解消しようとする方向へ物理現象が進む(言わば「復元力が発生する」のである)。

弦の振動や、水面にできる波などに関しても、この「空間的変動が時間的変動を生み、空間的変動を解消しようとする」というメカニズムが波を進ませる原動力である。

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弦の振動の場合を考える。ピンと張られた弦には張力が働いている。張力は常に弦の方向に働く。曲がった状態にある弦の微小部分を考えると、両方からの張力の合力は弦の曲がりを解消しようとする方向に向く。まっすぐな状態になると、弦には全体としては力が働かなくなる。ゆえに、弦はまっすぐになろうとする(つまり「復元力を持つ」)。水面にできる波も同様で、何かの原因で水面に盛り上がったりくぼんだりしている部分があると、盛り上がった部分を下げ、くぼんだ部分を上げるように水が移動する。弦の振動でも水面でも共通する大事なことは「空間的な変化が時間的変化を生む」という物理現象が「波の伝播」という現象を引き起こしているということである。自然界には、何かに不釣り合いがあるとそれを正そうとする力が働くようで、その力により振動や波が発生する。自然界のあちこちで「波」が発生するのはそのおかげである。

すでに述べたように、電磁気についても、同じ原則が成立している。よって、「波の形をしているが振動しない電磁場」というのは、「両端を引っ張られているのに、曲がったままで直線に戻ろうとしない弦」や「一部がいつまでも盛り上がったまま、崩れもしない水面」と同じぐらい不思議な現象なのである。18歳のアインシュタインを悩ませたのも不思議ではない。

水中では光速は遅くなって、追い越すとチェレンコフ光ってのが出るって聞いたんですが、ということは水中では光と併走することができて、止まっている電磁波が見えるんですか?

そういうことになりますね。その観測者から見ると、水が水中の光速で走っていることになるんだけど。水中での電磁波ってのは、元々入射してきた電磁波と、水分子がその電磁波によって振動して出した電磁波の合成されたものになってます。で、水分子が水中での光速で走りながら電磁波を出すと言うことになります。そういう状況だと水分子の出す電磁波と元々の電磁波を合成すると止まっている電磁波のように観測されることになります。私もそんな方程式解いてみたことないけど(^_^;)、真空中じゃなくて、しかも媒質が運動しているからそういうことも起こり得るんでしょう。ここでの「光に追いつけるとするとおかしなことが起こる」というのはもちろん、真空中での話です。

さて、光速度で走る人から見た電磁波の問題に戻り、より具体的に「止まった電磁波はあり得ない」ことを確認しておこう。電磁波を速度cで走りながら見たとすると、その観測者にとっての座標系(X,Y,Z,T)は速度cでのガリレイ変換を施した座標系

X=x,Y=y, Z=z-ct, T=t

だと考えられる。座標の変換だけを行えばよいのだとすると(つまり、電場や磁場は座標変換しても同じ値を保っているとすると)、この系での電場と磁場は

E_X=E_Z=0,E_Y=E_0 \sin kX, B_Y=B_Z=0,B_Z={E_0\over c}\sin kZ

となり、波の形をして止まっている電場と磁場が見えるように思われる。しかし、この解はマックスウェル方程式を満たさない。例えば{\rm rot}{\vec E}のX成分は-\partial_Z E_Y= -kE_0\cos kZとなり、ゼロではない(図に点線で書き込んだ正方形を一周すると、電場は仕事をする!)が、{\partial {\vec B}\over \partial T}=0である。これでは{\rm rot}\vec E= -{\partial \vec B\over \partial t}を満たせないのである。

したがって、マックスウェル方程式かガリレイ変換か、どちらかを修正しない限り、我々のこの宇宙は記述できないことがあきらかになるのである。ではどちらを修正すべきかを考えねばならない。もちろん最終的に決め手となるのは実験なのだが、次の節ではマックスウェル方程式の方に有利な証拠をまず述べよう。

3.2 電磁誘導の疑問

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↑の図のアニメーションアプレットはここにあります。

章で概要だけ述べた、電磁誘導に関する疑問について、ここでくわしく考えておこう。図のように、二つの現象を考える。左の図では、コイルが磁石に近づき、右の図では、磁石がコイルに近づく。二つの現象は、見る立場を変えれば同じ現象であり、結果として「コイルに時計まわりの電流が流れる」という点でも同じである。しかし、その記述は同じではない。

右図の場合であれば、それはコイル内の磁束密度が時間変化するということからくると解釈される。すなわちMaxwell方程式の{\rm rot} \vec E = -{\partial \vec B\over \partial t} にしたがって、磁束密度が変化している場所には電場の渦が発生していて、その電場によってコイル中の電子が力を受け、電流となる。よく知られているように、この時に発生する電位差は、ファラデーの電磁誘導の法則V=-{d\Phi\over dt}によって求められる。ここで\Phiは回路内をつらぬく磁束であり、Vの符号は\Phiに対して右ネジの向きに電流を流そうとする時にプラスと定義される*3

この時に起こっていることはあくまで「磁束密度の変化→電場の発生」という現象である。

では左図はどう解釈されるか。この場合は各点各点の磁束密度は変化していないので、電場などは発生していない。{\rm rot}\vec E=-{\partial\vec B\over \partial t}の右辺はまじめに書くと-{\partial\over \partial t}\vec B(x,y,z,t)であり、ある一点(x,y,z)にある磁束密度の時刻tでの値の時間微分\times(-1)である。コイルの方が動く時、これは0である。「コイルを通る磁束は時間的に変化しているのではないか」と疑問に思う人がいるかもしれない。確かに変化しているが、この式の\vec Bは「ある点(x,y,z)の時刻tでの磁束密度」という意味なのであって、「コイルを通る磁束の磁束密度」という意味はないのである。

rotE.png

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ではコイルが動く場合にも電流が発生するのはなぜか。磁場中を電荷qが速度\vec vで運動すると磁場とも運動方向とも垂直な方向にローレンツ力q\vec v\times \vec Bを受ける。この力は電子がコイルをぐるぐるとまわすような方向に働くので、電流が流れる。つまりこの場合、電場などは発生していないが、磁場によって電子が力を受けることによって、電位差が発生したのと同じ効果があらわれて電流が流れていることになる。

dPhidt.png

この考え方で、電子に働く力を計算し、電子が回路を一周する間にこの力がする仕事を計算してみよう。

磁場\vec Bは真上を向いていないので、上向き成分と外向き成分に分解して考える。電子に働く力に貢献するのはの方であるから、を使って仕事を計算する。この時電子に働くローレンツ力の大きさはであって、一周することによってという仕事をされる。これから計算される起電力はとなる。

一方、コイルが動いたことによってコイル内から単位時間に出る磁束も、に、円筒の側面積2\pi r vをかければよい。よって起電力はである。二つの計算法による起電力はちゃんと一致する。

このように、マックスウェル方程式を使った計算では、どちらの立場にたっても同じ答が出てくる。つまり、マックスウェル方程式は、「コイルが動き磁石が静止する立場」でも「磁石が動きコイルが静止する立場」でも正しく物理現象を記述する。つまり「相対的」なのである。

これはたまたまうまく行っているなのか、それとも必然的にそうなっているのか?

もちろん、「たまたま」などではなくこうなることには意味がある、というのが相対論の立場である。それはつまり「マックスウェル方程式はどの慣性系でも正しい物理法則である」ということに他ならない。今ではその立場が広く認められているわけだが、相対論ができあがる前には「マックスウェル方程式ではない方程式が必要だ」という考え方もされた。そう考えられた理由はもちろん、(直観的に正しいと感じられる)ガリレイ変換を尊重したからである。

次の節でその方程式について説明しよう。

3.3 マックスウェル方程式をガリレイ変換すると?

【注意!】この節の話は現代物理からすると「間違った考え方」です。最終的には「ガリレイ変換は使えない」ということが明らかになるからです。そのことを説明するためにここであえて現代の視点からみると間違っていた考え方を説明しています。

電磁波の発見者としても名高いヘルツ(Hertz)は、動いている人から見たらマックスウェル方程式はどのように変化するのか、ということを考えて、マックスウェル方程式をガリレイ変換した方程式を導いている。

bibun.png

3次元のガリレイ変換を

x^{\prime i}= x^i -v^i t または x^i = x^{\prime i}+ v^i t', ~~~~ t'=t

と置く。そして、この(x',t')座標系では普通のマックスウェル方程式が成立するとしよう。では(x,t)座標系ではどんな方程式が成立するだろう?

これは座標変換(x^i,t)\to (x^{\prime i},t')であるが、この時微分{\partial\over \partial x^i},{\partial \over \partial t}はどのように変化しなくてはいけないかを考えてみる。一般的な微分の公式から

\begin{array}{rl} {\partial \over \partial x^{\prime i} }=& {\partial x^{1}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{1}}+{\partial x^{2}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{2}}+{\partial x^{3}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{3}}+{\partial t\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial t}\\=& {\partial x^{j}\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial x^{j}}+{\partial t\over \partial x^{\prime i}}{\partial \over \partial t}={\partial \over \partial x^{i}}\end{array}
\begin{array}{rl} {\partial \over \partial t'}=&{\partial t\over \partial t'}{\partial \over \partial t}+{\partial x^{1}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{1}}+{\partial x^{2}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{2}}+{\partial x^{3}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{3}}\\=&{\partial t\over \partial t'}{\partial \over \partial t}+{\partial x^{j}\over \partial t'}{\partial \over \partial x^{j}}={\partial \over \partial t} + v^i {\partial \over \partial x^{i}}\end{array}

がわかる(アインシュタインの規約をつかって簡略化して書いた)。

つまり、xによる微分とx'による微分は同じもので、tによる微分とt'による微分が変化する。座標はxが変化してtは変化していないのだから、奇妙に思えるかもしれない。しかし{\partial \over \partial t}\neq {\partial \over \partial t'}であることは、{\partial\over \partial t}が「xを一定としてtで微分」であり、{\partial\over \partial t'}が「x'を一定としてt'で微分」であることを考えれば、納得がいくだろう。上図からわかるように、「x一定としてtが変化する」場合と「x'一定としてt'が変化」する場合では移動方向が違うのである。

逆に、{\partial\over \partial x}が「tを一定としてxで微分」であり、{\partial\over \partial x'}が「t'を一定としてx'で微分」であることを考えれば、この二つは同じものであることも納得できる。

では方程式を作っていく。ここで、電場や磁場の値は運動しながら見ても変化しない(どちらの座標系でも同じ値を取る)と仮定する。空間微分は変化しないから、{\rm div} \vec B=0{\rm div} \vec E=0はx'系でもx系でも同じ式である。時間微分を含む方程式である{\rm rot} \vec E =-{\partial \vec B\over \partial t}などを考えていこう。

(x',t')座標系を「マックスウェル方程式が成立する座標系」と考えたので、たとえばz成分の式として、

{ \partial E_y \over \partial x'} - {\partial E_x\over \partial y'} = -{\partial B_z \over \partial t'}

が成立している。これをガリレイ変換すれば、

\begin{array}{rl}{ \partial E_y \over \partial x} - {\partial E_x\over \partial y} &= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}- v_z {\partial B_z \over \partial z}\\&= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}+ v_z {\partial B_x \over \partial x}+ v_z {\partial B_y \over \partial y}\\&= -{\partial B_z \over \partial t}- v_x {\partial B_z \over \partial x}+ v_z {\partial B_x \over \partial x}- v_y {\partial B_z \over \partial y}+ v_z {\partial B_y \over \partial y}\\\end{array}

ここで、1行めから2行目では{\partial B_z \over \partial z}= -{\partial B_x \over \partial x} -{\partial B_y \over \partial y}{\rm div}\vec B=0)を使った。

\vec v\times \vec Bというベクトルを考えると、これのy成分がv_z B_x-v_x B_zであり、x成分がv_y B_z - v_z B_yである。ゆえに上の式は

{ \partial E_y \over \partial x} - {\partial E_x\over \partial y} =  -{\partial B_z \over \partial t} +{\partial \over \partial x}(\vec v\times \vec B)_y-{\partial \over \partial y}(\vec v\times \vec B)_x

となる。 x,y成分に関しても同様の計算をすれば、この3つの式が

{\rm rot} \vec E = -{\partial \over \partial t}\vec B + {\rm rot}(\vec v\times \vec B)
(ヘルツの式1) とまとめることができることがわかる。ここで、計算の途中で\vec vと微分の位置を取り替えていることに注意。これは\vec vが定数で、微分したら零だからできることである。\vec Bと微分との順番は安易に取り替えてはならない。

この部分は授業では話さない可能性もあるが、その場合は読んでおいてください。
ベクトル解析を使って計算するならば、

\begin{array}{rl} \vec\nabla\times \vec E&=-{\partial \over \partial t}\vec B - \vec v\cdot\vec\nabla \vec B \\&=-{\partial \over \partial t}\vec B - \vec v\cdot\vec\nabla \vec B +(\underbrace{\vec\nabla\cdot\vec B}_{=0})\vec v\\ \end{array}

と、0になる項を付け加えた後で、公式

\vec P \times(\vec Q\times \vec R)= \vec Q(\vec P\cdot\vec R)-(\vec P\cdot \vec Q)\vec R

を使えばすぐに(ヘルツの式1)を出すことができる。ただし今の場合は\vec P=\vec\nabla,\vec Q=\vec v,\vec R=\vec Bであるが、\vec\nablaによって微分されるのは\vec Bだけだという点に注意しよう。

同じ計算をテンソルを使ってやることもできる。ただし、そのためには外積をテンソルで書くと、外積\vec A=\vec B\times\vec CA_i=\epsilon_{ijk}B_jC_kとなることを知っていなくてはいけない。

ここで\epsilon_{ijk}はi,j,kについて完全反対称(\epsilon_{ijk}=-\epsilon_{jik}=-\epsilon_{ikj}=-\epsilon_{kji})で、かつ\epsilon_{123}=1であるようなテンソルである。つまり、\epsilon_{123}=\epsilon_{231}=\epsilon_{312}=1(添え字が123の偶置換)で、\epsilon_{213}=\epsilon_{132}=\epsilon_{321}=-1(添え字が123の奇置換)であり、それ以外は0である。こうして書くと、A_1=\epsilon_{1jk}B_jC_k=\epsilon_{123}B_2C_3+\epsilon_{132}B_3C_2=B_2C_3-B_3C_2となる。これはすなわち\vec B\times\vec Cのx成分である。

この記号を使うと、

\begin{array}{rll}  \epsilon_{ijk}{\partial\over \partial x^j}E_k&=-{\partial\over \partial t}B_i -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i\\&=-{\partial\over \partial t}B_i -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j\\\end{array}

のように書くことができる。{\rm div}\vec B={\partial\over \partial x^j}B_j=0であることを使って最後に0を足している。この最後の2項は、添え字を適当につけかえることで、

\begin{array}{rl} -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j=\left(\delta_{km}\delta_{il}-\delta_{kl}\delta_{im}\right){\partial\over \partial x^k}v_l B_m\end{array}

のように書ける(右辺から左辺への変形は容易なので、確認すればよい)。

ここで、\epsilon_{ijk}\epsilon_{ilm}=\delta_{jl}\delta_{km}-\delta_{jm}\delta_{kl}という公式を使う。この式の意味することは、「\epsilon_{ijk}\epsilon_{ilm}は、j=lでk=mの時は1になり、j=mでk=lの時は-1になる(ただし、j=k=l=mの時は0)」ということである(これは式の意味を考えると納得できる)。 これによって、

\begin{array}{rl} -v_j {\partial\over \partial x^j}B_i +v_i {\partial\over \partial x^j}B_j=\epsilon_{pki}\epsilon_{pml}{\partial\over \partial x^k}v_l B_m=\epsilon_{ikp}{\partial\over \partial x^k}\left(\epsilon_{plm}v_l B_m\right)\end{array}

という式が作れる。これは\vec\nabla\times(\vec v\times \vec B)のi成分である。


{\rm rot} \vec H = {\partial \vec D\over \partial t}+\vec jの方は、

\begin{array}{rl} {\rm rot}  \vec H &= {\partial \vec D \over \partial t}-{\rm rot} (\vec v\times \vec D)+\vec j + \rho \vec v\end{array}
(ヘルツの式2)

となる。この計算は(ヘルツの式1)を出したのとほぼ同様である。違いは符号と、{\rm div} \vec Dが0ではなくρになるために最後の項がついてくることである。

よって、x系で成立する方程式は

\begin{array}{cc} {\rm div} {\vec B}=0 &~~~~ {\rm rot}{\vec E}=-{\partial {\vec B}\over \partial t}+{\rm rot}(\vec v\times\vec B )\\ & \\  {\rm div} {\vec D}=\rho &~~~~ {\rm rot}{\vec H}={\partial{\vec D}\over \partial t}-{\rm rot}(\vec v\times \vec D)+\vec j + \rho\vec v  \\\end{array}
(ヘルツの式)

となる。これをヘルツの方程式と呼ぶ。ここで、x'座標系での電場や磁場の値は、x座標系での値と全く同じであると考えて方程式を出していることに注意せよ。実際にこうなのかどうかは、実験的に検証する必要がある。

この章の最初の疑問に対して、ヘルツの考え方はどのような答えを出すだろうか。3.1節では、(x,t)系がマックスウェル方程式が成立する座標系で、(X,T)系がその系に対して速度cで動いているとして、座標変換をX=x-ct(この逆変換はx=X+cT)と考えた。ヘルツの方程式の導出ではx'=x-vtとして、x'系がマックスウェル方程式の成立する座標系(エーテルの静止系)であったから、対応((x,X)\leftrightarrow(x'x))を考えると、ヘルツの方程式にあらわれる\vec v\vec v = (0,0,-c)であることがわかる。3.1ではエーテル静止系はとまっていて、観測者が速さcで右側に動いていた。逆に考えると、観測者から見てエーテル静止系が速さcで左側に動いている。一方、3.3では、観測者に対してエーテル静止系が右に速さvで動いている、と考えればわかりやすい。

よって、(X,Y,Z,T)座標系での電磁場

\vec E=(0,E_0 \sin kZ,0),~~~~ \vec B=({E_0\over c}\sin kZ,0,0)

の満たすべき方程式は、ヘルツの式で\vec v=(0,0,-c)とした方程式である。

\vec v\times \vec Bを計算すると、

(\vec v\times \vec B)_X =0,~~ (\vec v\times \vec B)_Y = E_0 \sin kZ,~~ (\vec v\times \vec B)_Z =0

となって、\vec E\vec v\times \vec Bが等しいということになる。\vec Bは時間によらないのだから、この電磁場は(ヘルツの式1)を満たしている。(ヘルツの式2)も同様である。したがって、ヘルツの方程式が等しいとすれば、「止まっている電磁波」は存在することになる。

3.4 エーテル---絶対静止系の存在

etherwind.png

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こうして、マックスウェルの方程式とヘルツの方程式という、二つの方程式が出てきた。どのようにしてヘルツの方程式が出てきたかを思い出そう。互いにガリレイ変換x'=x-vtで移り変わる二つの座標系を用意し、x'系ではマックスウェル方程式が成立すると考えて、x系で成立する方程式を求めた。これがヘルツの方程式である。つまり、宇宙には特別な「マックスウェル方程式が成立する座標系」x'があり、その特別な座標系に対して運動している座標系ではヘルツの方程式が成立する。そして、それぞれの座標系から見てマックスウェル方程式が成立するx'系がどう運動しているのかを示すのが\vec vである。

ここで、光同様に波である、音の場合を考えてみよう。音は「空気の静止系」では周囲に均等な速度で伝播する。しかし、「空気の静止系が速度\vec vで動いているように見える座標系」つまり「風が速度\vec vで吹いている座標系 」では、風に流される。つまり、音の伝播は「空気の静止系」とそれ以外の座標系では、違う法則にしたがうのである。それと同様に、「マックスウェル方程式が成立する特別な座標系」がどこかにあり、それ以外の座標系では\vec v\ne0のヘルツの方程式を使わねばならない。

音に対する空気のように、光に対して「エーテル」と言う媒質を考えると、「エーテルの静止系」(今の場合x'座標系)でのみマックスウェル方程式が成立するということになる。

空間はエーテルに満たされている。このエーテルの振動が光であり、エーテルの静止系ではマックスウェル方程式が成立する。音が空気の振動であるように、光はエーテルの振動だと考えたのである。そして、ヘルツの方程式にあらわれる\vec vは、エーテルの運動速度である。エーテルが動いていれば、光はエーテルの運動方向には速く、逆方向には遅く伝わる。

これがほんとうだとすると、マッハによってニュートン力学から追放されたはずの、「絶対空間」が電磁気学の世界で復活してきたことになる。と同時に我々は電磁気の問題を解く時常に「エーテルの風は吹いているのか?」と問いかけなくてはいけないことになる。エーテルの風の速さ\vec vがわからないと式がたてられないのである。とはいえ、当時考えられていたことは、この``エーテルの風''がたとえ吹いていたとしても、せいぜい地球の公転速度である秒速3キロ(光速の1万分の1)のオーダーであり、精密な実験をしない限り観測にはかからないと考えられた。

最終的にはここで考えられたようなエーテルは存在しないことが明らかになったわけだが、当時わかっていたことだけを考えても、このような物質の存在は考えがたい。周期表で有名なメンデレーエフはエーテルに原子番号「0」を与えたという。エーテルがもし存在するとしても普通の物質とは全く違う性質を持ったものであることは間違いない。まず光は横波であるから、エーテルは固体のように変形に対して元に戻ろうとする性質(弾性)を持っていなくてはいけない*4。横波というのは「進行方向に対して直角な方向への変位に対して、元に戻ろうとする復元力」が存在している時に発生する(これに対して縦波は「進行方向に平行な方向への変位に対する復元力」によって起こる)。

光が秒速30万キロという速いスピードで進むことは、エーテルが復元力の強い、非常に固い物質であることを示している。しかし、すぐ後に示すように、エーテルが満ちていると考えられる「真空」中を、物体は抵抗なく進むことができる。固いのに抵抗がないとはいったいいかなる``物質''なのであろうか?

このように考えていくと、「光も波なのだから媒質となる物体が存在しているだろう」という素朴な考え方が、むしろ非常識な結果を生むことがわかる。では実際にはこの非常識なエーテルなるものは存在するのか、それともないのか?

それを決めるのは実験である。そのための実験としてもっとも有名なのがマイケルソン・モーレーの実験の実験なのだが、これについては次章で述べるので、この章の残りの部分ではそれ以外の実験においてもヘルツの方程式を採用すべきか否かについてある程度の情報が得られることを示そう。

というところからは、次回。

学生の感想・コメントから

マッハさんは速さにつくマッハ〜と関係ありますか?

マッハさんの名前にちなんでつけられた単位です。マッハさんは超音速物体の研究とかもしてたのです。

光の速さを屈折を利用して遅くして、光速一定の実験はできませんか?

屈折を利用するということは物質中の光速を考えるということです。今日の授業で考えた光速は真空中の話です。

絶対零度の空間は時間が止まると聞いたんですが、そうだとすると温度に関係する座標変換がいりますか?

絶対零度になっても時間が止まったりしないので、その心配は不要です。

ヘルツの式は実験に合わないから間違いだということは、もし今新しいマックスウェル方程式のガリレイ変換を出して、それが実験して大丈夫だったらそれが正しい方程式ということになるのですか?

もちろん実験とあえば正しいんですが、「マックスウェル方程式のガリレイ変換」をしたらそれはヘルツの方程式になってしまうので、実験にあうことはありません。それに、今実験でわかっていることは「ガリレイ変換が間違いでローレンツ変換が正しい」ということなので、ガリレイ変換を使ったのでは正しい答えは出ないでしょう。

アインシュタインが現れるまで、ガリレイ変換は間違いだと気づいた人はいなかったんですか?

「ローレンツ変換」という名前があるように、ローレンツの方が先に「ガリレイ変換ではうまくいかない」ということに気づいてます(ポアンカレも)。後一歩のところでアインシュタインが先んじましたが、アインシュタインがいなくても相対論はローレンツかポアンカレが作っていたはずです。

電磁誘導で、コイルが動くのと磁石が動くのは同じ物理現象だと思ってました。

ローレンツ変換を使うと、同じ物理現象で見方を変えただけ、ということになります。そうなるためにもローレンツ変換がいるのです。

エーテルって実験的にはないことになったのですか?

はいそうです。その実験についてはまた今度。

答えがわからないからって「エーテル」なんて新物質を作ったら、それがあることをどのように証明したらよいのでしょうかね?

もちろん、そのための実験がたくさん考案され、実際に行われたんです。実験結果として「エーテルなんてものはない」とわかったわけです。新物質があります、で終わってしまったらもちろん、それは物理とは言えません。「あるとしたらどうやって検出しよう??」と考えてこそ物理になります。

新しい理論があってそれを確かめる実験をした時に、実は理論の方があっていて実験の方が間違いだったということはないんですか?

そりゃもちろん、理論が間違うことも実験が間違うことも、どっちもよくあります。そういうことがないように、実験は必ず別の人が独立にやる「追試実験」が必要だとされてます。実験一つの結果ではなかなか信用してもらえない、ということもあるわけです。

ヘルツの方程式ってめんどくさそうだから、間違いでよかった。

それはそうですね。マックスウェル方程式の方が楽です。自然がマックスウェル方程式を選んでくれてよかった。

ローレンツ変換では{\partial\over\partial t}={\partial\over\partial t'}ですか??

いいえ、違います。こっちも変換します。

今日の話を聞いて、私たちが習ってきた物理法則のかげにはボツになった法則がどれだけあるんだろうと思いました。

もちろんたくさんあります。

ヘルツの法則が間違いだという実験結果が早く知りたい。

次回以降をお楽しみに。

特殊相対論は高校物理でも説明できると言ってたけど、今日の話は大学の物理が必要ですね。

そうですね。高校生に説明する時は、このあたりはお話だけにします。「とにかく光の速さが変わらないってのが実験結果なんだよ」ということで。

磁荷が見つかったとすると、電磁気学も変わって、相対論も変わると思いますか?

磁荷が見つかっても、相対論的な部分については変化がないと思われます。電磁気は確かに変わるけど、相対論に影響しない部分で変わる。

電磁気の中に相対的な考えが含まれていることに気づかされた。

そこを追求していくと、電磁気学の中には相対論が入っている、ということになるわけです。

エーテルは固いのに抵抗がないなんて、意味がわかりません。

変なのは確かですが、普通の物質との間に相互作用がないのです。まぁ、実際には存在してないことがわかったのでこういう変なものを考える必要はなくなりました。

ローレンツ変換の式のcを音速にしてはダメですか?

ダメです。光速は観測者にも光源にもよらず一定であるという実験結果が得られてますが、音速にはそんな実験結果ありません。


*1 この場所で電荷を周回させると電荷がエネルギーを得ることができるということになる。しかしもちろん、エネルギー保存則が破れているわけではない。磁束密度を増加させるために投入されているエネルギーの一部が電荷に与えられているだけのことである。
*2 ここでは電流が存在しない場合を考えたので、\vec jの項はなし。
*3 角運動量\vec L=\vec x\times \vec pなど、回転に対応するベクトルの向きはこのように決めるのが普通である。高校物理の参考書などで、「この式のマイナスは``磁場の変化を妨げる向き''であることを示す」などと書いてあるのがあるが、あの書き方は厳密性を欠き、よくない。
*4 地震波には横波と縦波があるが、液体中(地球の中心殻など)は横波は伝わらない。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:51