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3.8 古い意味のローレンツ短縮

マイケルソン・モーレーの実験でエーテルの速度が検出されなかったことは、物理学者たちに衝撃と困惑を与えた。ローレンツは&math(t_{東西});と&math(t_{南北});が\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}倍違うことから、「東西方向の棒の長さは\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}倍に縮んでいる」という説を唱えた。これが古い意味での「ローレンツ短縮」である。フィッツジェラルドも同じようなことを考えていたので「ローレンツ・フィッツジェラルド短縮」と呼ぶこともある。

ローレンツは、この短縮は観測できないと述べている。なぜなら、この短縮を観測しようとして物差しをあてると、その物差しも一緒に縮んでしまう。また、目で見ようとしても、見ようとする目自体も横に短縮している。よって地上で、同じ速さで走っている我々がローレンツ短縮を測定することはできないのである。地球の外から見れば見えるだろうが、その短縮の割合は\sqrt{1-\left({v\over c}\right)^2}であり、{v\over c}10^{-4}程度だから、縮む割合は10^{-8}程度となる。そもそも、この精度で長さを測定すること自体が難しいだろう。

本によっては、「ローレンツ短縮」を相対論の帰結である、と説明しているが、ローレンツはあくまで実験を説明するためにad hoc*1にこの短縮を導入したのであって、相対論の帰結として理論的に導き出したわけではない。

もう一つ注意しておく。このローレンツ短縮という考え方では、マイケルソン・モーレーの実験について説明することは可能だが、そのほかの実験を説明するにはこれでは足りない。「ローレンツ変換」はその一部として「ローレンツ短縮」と同様の現象を含んでいるが、より広い意味がある。

「ローレンツ短縮」も「ローレンツ変換」も、アインシュタインではなくローレンツの名前がついている。どちらもアインシュタインより前にローレンツが提出しているからである。しかしローレンツは(同様にこのあたりの研究をしていたポアンカレもそうなのだが)「ローレンツ短縮」を、例えば「エーテルの圧力によって物体が縮む」というような、力学的な意味での短縮だと考えていた。「ローレンツ変換」に関しても「こう考えればうまくいく」という提案であって、その意義を理解してはいない*2

後で出てくるアインシュタインによる考え方とはその点が違うので注意すること。


[問い3-1] ローレンツ短縮という現象が起きているとすると、確かに二つの光はエーテル風が吹いていても吹いていなくても、同時に到着する。しかし、この立場で考えると、ある二つの事象が、エーテル風がない時には同時であるのに、吹いている時には同時に起こらない。それは何か???


↑の答は「鏡で光が反射する時間」である。南北方向の光の反射の方が先に起こる。

上の問いの答えからわかるように、マイケルソン・モーレーの実験を解釈するには、単なるローレンツ短縮では足りず、時間に関するもっと大胆な座標変換が必要となる。それがどのようなものかは、次の章以降で解説する。

3.9 現代における光速度不変

マイケルソン・モーレーの実験は100年以上前の実験であり、当時の実験技術の粋をこらして実行されたものとはいえ、現代の技術でならばもっと精密な実験が可能である。もちろんそのような実験も行われており、マイケルソンとモーレーの実験に比べると精度は10万倍に上がっている*3。もちろん、光速度不変の原理を疑うに足る証拠はまったくない。

しかも、現代ではもっとシンプルな方法で光の速さを測定できる。「A 地点で光を発射してB 地点で受ける。A地点とB地点の距離をかかった時間で割る」という方法である。マイケルソン・モーレーの実験ではエーテル風の影響は\left({v\over c}\right)^2のオーダーであったが、このような直接測定を行えば{v\over c}のオーダーで影響が出る。一方、現在の原子時計が10^{-7} 秒ぐらいの精度で時間を測ることができる。

逆に、「光がこれだけの遅れで伝わってきたからA地点とB地点の距離はこれこれである」という原理で現在位置を測定する機械がある。カーナビなどで使われているGPS(Global Positioning System)である。GPSは複数の人工衛星からの電波を受信して、その電波が発信源からどれくらい遅れて到着したかということを計算して自分の位置を測る。衛星Aからの電波が衛星Bよりの電波に比べてより遅れているのなら、自分は衛星Bの近くにいると判断する、という具合いである。このような機械がうまく動作するためには「光速が一定である」という大前提がなくてはならない。衛星は頭上2万キロぐらいの高さを回っている。カーナビの精度は数メートルぐらいであるから、10^{-7}の精度で距離が測定できていることになる(誤差の原因は、電波が大気中を通る時の速度変化と、軍事利用されないためにわざと混入されている誤差)。エーテルの風が吹くという考え方がもしも正しいならば、GPSの衛星から来る電波の速度が季節によって10^{-4}ぐらい変化してしまうことになるので、10^{-7}の精度で距離を測ることなど、とてもできない。つまり、現在我々の生活に直接関係する部分でも、エーテルが存在しないことを前提とした機械が使われており、しかも何の問題もなく動作しているということになる。すくなくとも現在の実験のレベルにおいて、光速度不変を疑うことはもはやできない。すくなくとも現在の実験のレベルにおいて、光速度不変を疑うことはもはやできない。もちろん今後実験精度がさらにあがった時に何か変なことが発見される可能性は零ではないが、それを言い出せば、もともと物理における全ての法則は実験精度の範囲内でしか保証されていないのは当然のことである。

3.10 章末演習問題

[演習問題3-1]3.3節の最後では、エーテル風の速度vがちょうどcの時に、止まっている電磁波がヘルツの方程式を満足することを確認した。速度がちょうどcでない場合、電場や磁場はどんな式になるか。そして、それはヘルツの方程式を満足しているか。

[演習問題3-2]サールの思考実験で、コンデンサーが速さvで動いている時に発生する磁場によって働く極板の間に働く力が、極板が静止している時から働いていたクーロン力と比べると、{v^2\over c^2}という因子がかかるぐらい小さくなることを示せ。なお、計算は概算でよい(ちゃんと計算した場合の答はもっと複雑である)。

[演習問題3-3]

z軸と一致する無限に長い直線上に、線密度ρで静止した電荷が分布している。この時、z軸からrだけ離れた場所には、外向き(z軸から離れる向き)に、{\rho\over 2\pi \varepsilon_0 r}の電場が存在する。

これを速度\vec vで動きながら見たとしよう。どれだけの磁場が発生することになるか?

densenV.png

・(ローレンツ変換2)式を使って。

・どれだけの電流が流れているように観測されるかを考えて。

の2通りの方法で計算し、一致することを確認せよ。

なお、{v^2\over c^2}のオーダーは無視してよい(つまり後で出てくる正確なローレンツ変換の式は使わなくてもよい)。

[演習問題3-4]マイケルソン・モーレーの実験で、二つの腕の長さを変えたとしよう(東西はL、南北はL')。この時はエーテル風が吹いていない状態でも時間差がある。エーテル理論の立場に立ち(つまりガリレイ変換を用いて、光速は変化するという立場にたって)エーテル風が吹いていない場合の時間差と、エーテル風が吹いている場合の時間差を計算し、ローレンツ短縮が起こったとしても、この二つが違う値を持つことを確認せよ。

(註:このような実験は1932年にケネディとソーンダイクによって行われている。「エーテル風の分だけ光速が変化しているがローレンツ短縮が起こっているのでマイケルソン・モーレーの実験ではそれがわからない」という仮説が正しいなら、この時間差は測定できるはずであるが、できなかった。ということは、ローレンツ短縮だけでは実験結果を説明することはできないのである。この実験も含めてちゃんと説明できるのは次で説明するローレンツ変換である。)

第4章 光速度不変から導かれること

この章では、実験からわかった「光速度は誰から見ても同じである」という事実をどのように解釈しなくてはいけないかを考える。前半では図形(グラフ)でその内容を理解し、後半では数式を使って理解していこう。

ここまでで、マックスウェル方程式がガリレイ変換で不変でないということを述べた。この解釈として、マックスウェル方程式は特定の座標系でしか成立しない方程式であると考えることもできるし、ガリレイ変換が正しくないと考えることもできる。しかし前者は実験により否定されてしまったので、後者を考える必要がある。マイケルソン・モーレーおよびそのほかの実験の結果として「光速はどのように動きながら測ってもcである」という事実がある。つまり、マックスウェル方程式は全ての慣性系で成立していると考えるべきなのである。だから、それにあうように理論を作らなくてはいけない。よってガリレイ変換の方を修正する必要が出てくるのである。

アインシュタインは「物理法則は全ての慣性系で同じである」という要請を特殊相対性原理と呼んだ。この物理法則の中にマックスウェル方程式も入っているとすれば、これは光速度不変の原理を含んだ原理である。そしてこの原理が成立するためには、ガリレイ変換ではない座標変換を作らなくてはいけない。まず図的表現(グラフ)から「光速度不変から何が導かれるか」を示そう。

4.1 同時の相対性

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長さ2Lの電車を考える。ただし、今はこの電車は動いていない。中央に人間が立っている。前方の端(人間からの距離L)と後方の端(人間からの距離はL で同じ)に電光掲示板式の時計があるとする。今、ある時刻(図では0時0分0秒とした)を示す時計の光は、時間{L\over c}後(図では1秒後として書いた)に中央の人間に到達する。つまりこの瞬間(図では0時0分1秒である)、中央の人はどっちの時計を見ても0時0分0秒という目盛を読めることになる。

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電車の前方から後方へ向かう方向へと移動している観測者がこの現象を観測したとする。この観測者から見ると、電車は前方に向けて運動しているように見える。

ガリレイ変換的な考え方(つまりは我々の直観に訴える考え方)からすると、前方から出た光は、観測者の運動と同方向に伝播することになるので、観測者の速度の分遅くなる。同様に後方から出た光は観測者の速度の分速くなる。一方、光が到達するまでの間に電車の中央は前方に移動する。それゆえ、結局は同時刻に出た光が同時刻に中央に到達する、ということになる。この二つの図は、どちらも同じ現象を表しているのである。上の図は止まっている電車を見ている図で、下の図は止まっている電車をわざわざ走りながら見ている図である。

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電車の光の様子をアニメーションで表したのがこのプログラム

しかし、実験事実はこのような(直観的に正しく思える)考え方を支持しない。実験によれば光速度は一定であるから、「後方から出た光は観測者の速度の分速くなる」などという現象は起きない。では、左図のようになるのだろうか。だが、これもおかしい。なぜなら、この図では光が中央に到着するのは同時ではない。同じ現象を見方(観測者の立場)を変えて見ているだけであるということに注意して欲しい。中央の人は「自分には同時に光が到着した」と思うはずだ。そして、その現象は電車の中の人が見ようが外の人が見ようが変り得ない。

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満足のいく解釈は、前方と後方で時間がずれていると考える他はない。つまり、「同時刻」という概念は観測者に依存するのである。したがって、動いている人にとっての時刻t'が一定になる線(1+1次元で考えているので線だが、3+1で考えていれば3次元超平面)は、時刻tが一定の線に対して「傾く」ということになる。

ガリレイ変換の時は、t軸(x=一定の線)とt'軸(x'=一定の線)は傾いたが、x軸とx'軸は同じ方向を向いていた。しかし、相対論的な座標変換においては、t軸もx軸も、両方が傾かなくてはいけない。そうでないと、光速度一定を満たすことができない。式で考えると、これはt'の式の中にx,tの両方が入ってくることを意味する。

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ここでグラフを描きながら、t軸とx軸が傾くことを確認しよう。作図を楽にするために、縦軸はt,t'ではなく、これに光速度cをかけたct,ct'とする。こうすると、縦軸と横軸は同じ次元になると同時に、光の進む線がグラフの上ではぴったり45度の線になる(光は単位時間にc進むから)。以後、縦軸はct軸またはct'軸である。

まず、電車が静止している座標系での、電車の先端、中間にいる人間、後端のそれぞれの軌跡を図に書くと、左のようになる。縦の3本の線は左から、電車の後端、人間、先端の軌跡であり、斜めに走る線は光の軌跡である。A点で電車の後端から出た光と、B点で電車の先端から出た光が、M点で人間の目の前ですれ違い、C点とD点に至る様子を表している。

次に、同じ現象を左向きに速さvで走りながら(つまり速度-vで走りながら見る)。電車の先端、真ん中の人間、後端は下左の図のような動きをする。

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さて、この図の中にABCDMの各点を書き込んでいこう。まず両方の座標系の原点をAとすることにして、A を書く(どこかに座標系を固定しなくてはいけないのだから当然だ)。次にA点から光を出す。光はこの座標系では常に45度の方向に進む。そしてそれが人間の軌跡と交わるのがM点。そこを通り抜けて電車の先端の軌跡に達する場所がD点である(上右図参照)。

douji4.png

では次に、先端から出た光の軌跡を書いてみよう。ここで大事なのは、この光はM点を通過しなくてはいけないことである。なぜなら、この光が0時0分0秒の時計の文字盤からの光だとするならば、この人はこの(M点で表される)瞬間、前を向いても後ろを向いても、ちょうど時計が0時0分0秒を示さなくてはいけない。つまり「0時0分0秒という文字盤の光」が同時にこの人を通過しなくてはいけないのである。今考えている座標変換というのは、見る人の立場によって物理現象がどう変わってみるかを式で表すものである。「この人がどっちを向いても0:0:0が見える」という事実はどちらの座標系で考えても成立しなくては行けない、物理的事実である。よって、M点から右下と左上に45度の傾きの線を伸ばしていく。結果が次の図である。

これから、x'-ct'座標系(電車が静止している座標系)において「同時」であるA点とB点は、x-t座標系(電車が運動している座標系)においては同時でない。

なお、同時の相対性にずいぶんこだわっていろいろ図を書いて説明しているが、それはこの同時の相対性こそが相対論を理解するのにもっとも重要な(そして、それゆえにとっつきにくい)概念だからである。この説明で「わかった」と思えた人は、相対論理解という山の七合目までは来ている。

電車の座標軸の傾く様子をアニメーションで表したのがこのプログラム

4.2 光速度不変から導かれること---ウラシマ効果

okure.png

マイケルソンとモーレーの実験における、南北方向の光について思い出す。実験装置が動いていないという立場(地上にいる人の立場)で観測すると、距離2L を光が進むので、往復に{2L\over c}かかる。一方同じ現象を、装置が速さv で東に動いているという立場(地球外の人の立場)で観測する。この人にとっては光は南北方向にではなく、少し斜めに(光の速度ベクトルcと地球の速度ベクトルvが図に書いたような関係になるように)進んでいる。この人にとっての光の速度の南北方向成分は\sqrt{c^2-v^2}になる(当然cより遅い)。

↑の実験電車の様子をアニメーションで表したのがこのプログラム

ゆえにこの時に光が発射されてから到着するまでの時間は{2L\over \sqrt{c^2-{v^2}}}となる(Lは南北方向の距離であることに注意せよ)。つまり、地球外の人の方が同じ現象にかかった時間を{1\over\sqrt{1-{v^2\over c^2}}}倍だけ、長く感じることになる。

このように、動いている人(この場合は地球上にいる人)の時間は止まっている人(この場合は宇宙から観測する人)の時間より遅くなることになる。これを浦島太郎の昔話になぞらえて、ウラシマ効果と呼ぶ。

ここで、地上でも宇宙でも相手の方が時間が遅いと感じるなんておかしい、と思うかもしれないが、次のように考えるとおかしなところは何もない。

otagai.png

地上で実験する場合、光の発射と到着は図Aに矢印で「発射」と「到着」と示した2つの時空点である。この場合、x'座標系で見て同じ場所に光が戻っている。x座標系でみれば、同じ場所に光は戻っていないことになる。一方、宇宙で実験する場合(図B)の「発射」と「到着」は、x座標系で見て同じ場所に光が戻る(x'座標系では同じ場所に戻らない)。

どちらで実験する場合も、実験装置と共に動いている方は、{2L\over c}という時間を観測する(これは相対性原理からして当然)。もう一方は、その時間を、「自分の時間」を使って測定するのだが、互いの同時刻面は相手に対して傾いている。その傾きがゆえに、双方が「おまえの時間の方が遅い」と判断することになるのである。

図B'は、図Bを、x'-t'座標系が垂直になるように書き直したものである。ct 軸に関しては図Bを左右逆転したような図になっている(速度逆向きの座標変換だから)。

otagai2.png

また、図C中の点線は原点からいろんな速度で出発した人の時計が同じ時刻を刻む時空点を線でつないだものである。速く動く人ほど持っている時計は遅く進むので、垂直に対して傾いた軌道をとっている人ほど、止まっている人との時間差が大きくなる。

結局、x'-t'系での同時がx-t座標系から見ると傾いていてx-t座標系での同時と同じではないため、このように「互いに相手の時間を短く感じる」という一見矛盾した結果が出る。

ロケットから見ると地球の時計が遅れて、地球から見るとロケットの時計が遅れるという話だけど、実際にいって帰ってきたらどうなりますか?

それは今の説明と違って、ロケットが途中で速度を変えるので、話がややこしくなります。これについてはまた今度しゃべりましょう。

以上、この章では、「光速度が誰から見ても(どんな慣性系から測定しても)同じである」という事実から

ということが帰結されることを説明した。

これは日常的な感覚からすると非常識に聞こえる。しかし、我々の「日常的な感覚」は、飛行機に乗ったとしてもせいぜい3\times 10^2m/sつまり光速度の100万分の1の速度でしか運動しない生活で培われたものであることを忘れてはいけない。

たとえばウラシマ効果の係数{\sqrt{1-{v^2\over c^2}}}は光速度の100万分の1(10^{-6})の場合、

\sqrt{1-\left(10^{-6}\right)^2}=0.99999999999949999999999987499999999993749999999995\cdots

であって、1よりも0.5\times10^{-12}程度小さいだけである。この程度の時間差は日常では関知できないから、そんな差が生まれているとはとても思えない。しかし、精密に測定すればもちろん実験で確認できるのである。

このような話を「そんな常識はずれな!」「感覚に合わない。なんかおかしい」と批判し受け入れない人は多い。しかし、だが、我々の``常識''は、光速よりも遙かに遅い運動でしか運動しない生活の中で作られたものだということを忘れてはいけない。現実の世界は、そういう狭い経験しか持っていない人間の常識から来る感覚とはずれたところにある*5。実験技術の進歩と物理学そのものの発展が、我々の日常の生活では実感できないような現象を理解するためには、「新しい常識」を作っていかなくてはいけないことを教えてくれた。今や相対論や量子論の助けなしには様々な機械がちゃんと動かない世界に我々は生きている。「相対論って感覚に合わないから間違っているのでは?」「量子論って常識はずれだからどこかに嘘があるのでは?」と考えるのは、「地球が丸いなんて信じられない、平らなはずだ」と言っていた昔の人と同様に、今となっては愚かなことである。

常識が役に立たない物理現象を相手にする時、我々の思考の助けになってくれるのが数式である。次の章では、以上の結果を数式でまとめて、もう一度考察していこう。

以上から結果をまとめよう。

「まとめよう」と書いてあるが、実際に以下の式を導出するのはこの後で、次回話す。

x'= \gamma\left(x-\beta ct\right)

(ローレンツ変換xの式)

ct'= \gamma\left(ct-\beta x\right)

(ローレンツ変換ctの式)

(ただし、\beta={v\over c}\gamma={1\over\sqrt{1-\beta^2}})という座標変換をすれば、どの座標系でも光速は一定値cを取ることがわかった。


なお、ここまでy,z座標については何も考えなかったが、y,zおよびy',z'の原点が一致しているとすれば、

y'=y,~~  z'=z

が成立する。y=0とy'=0は一致しなくてはいけないので、この形になる。y'=\alpha yのように伸縮しても良さそうに思えるかもしれないが、もしy'=\alpha yだったとすると、その逆変換はy={1\over \alpha}y'となる。もし\alpha\neq1であると、y座標に関して「x方向に動くと伸びるが、-x方向に動くと縮む」というおかしなことが起こってしまう。xのどちらが正方向なのかは人間の勝手で決めるものであるから、そんなものに物理現象が左右されるのはおかしい。

この変換を最初に導いたのはアインシュタインではなくローレンツなので、これを「ローレンツ変換」と呼ぶ。しかし、ローレンツはローレンツ変換における新しい座標での時間t'を「局所時」と呼んで、本当の意味の時間ではないと考えていたらしいし、ローレンツ短縮は物理的収縮だと考えていた。数式としては正しいものを出していたが解釈を誤っていたわけである。なお、この時期にはポアンカレもローレンツ変換を導き、相対論とほぼ同等な理論を作っている*6。前にも述べたが、「天才一人が現れてそれまでの物理ががらっと変わる」などということは実際には起きない。相対論も、アインシュタイン一人が作ったものではない。

学生の感想・コメントから

時間と空間がごちゃごちゃになってわけわからない(同様の感想多数)

今日、相対論のエッセンスを一日で話したので、いきなりすっと理解するのは難しいと思います。ゆっくり考えてみて下さい。

難しくなってきた(これも多数)

今日が一番難しいところです。計算は難しくないけど、これまでの力学の「常識」を捨てなくてはいけないのが難しい。

電車の中から見ると、光の出発と到着のタイミングは同じになるんですか?

そうです。外部から見ると出発のタイミングはずれているが、内部から見るとずれてない。これが「同時の相対性」

僕の車のオーディオの時計は大学のより10分ほど遅れていますが、浦島効果でしょうか?

あなたの車が光速の何一〇%で走れるのなら、そうかもしれませんが・・・・

ニュートン力学が間違っていると言われても。。。大学に来てから「実はこれは間違っている」シリーズが多い。

大学に来なかったら、間違ったことをそのまま覚えていたわけですから、そう思うと大学に来てよかったでしょ。

実際にスペースシャトルに乗ると時間は遅れるのですか? 重力の影響はどうなるのですか?

するどい。重力の影響で高いところは時間が進むので、その分だけ時間の遅れは相殺されます。どっちが勝つかは状況によりますが、単純な人工衛星などの場合、重力の影響の方が強く出ます(この話は一般相対論の範囲です)。

ロケットと地球での実験を遠くから見るとどっちが速く終わるのですか?

その「遠く」にいる人がどんな運動しているかによります。地球に対して静止していたら地球の方が速く時間が経つ。

ロケットに乗った人がまた地球に戻ると、時間のずれた分は元に戻るんでずか?

戻りません。ずっとずれたままです。

光で時間が決められるのが不思議です。光には慣性力は働かないんですか?

加速度のある系では光は曲がるので、慣性力は働きますね。ただ、加速度のある系については特殊相対論の範囲外で、この場合は光速変わります(ローレンツ変換じゃない座標変換をするので)。

日本ではウラシマ効果と呼ぶけど、本当はどういう名前ですか?

海外では「時間の遅れ」とかそういうつまらない呼び方しかしないみたいです。

相対論の中だけガリレイ変換が使えないのですか?

厳密な話をすれば、どんな場合もガリレイ変換は間違ってます。ただ、日常生活においてはガリレイ変換(間違い)とローレンツ変換(正しい)の差は非常に小さくて観測誤差以下なので、ガリレイ変換を使っても困りません。

双子の片方が山で生活して、もう片方が平地で生活していると年の取り方が違うというのは今日の話と関係ありますか?

今日の話は特殊相対論ですが、それを発展させたものが一般相対論で、山と平地の時間の違いは一般相対論で出てきます(そういう意味で、関連はあるけど間はかなり長い)。

双子のパラドックスってのがあったと思いますが今日の話と関係ありますか?(複数)

あります。それについてはまた今度。

光自身の時間はどうなっているんですか?

止まっているんでしょう(^_^;)。光の時間というのは考えても意味がありません。

タイムマシンは作れるんですか?(複数)

今日の話からわかるように、未来行きなら作れます。過去には戻れませんが。

光の質量が0ならエネルギーも0ですか?

いいえ。相対論でのエネルギーと質量の関係式は、ニュートン力学とは違います。これについてはそのうちやります。

質量0のものが動くなんてぴんときません。

実は、質量0だからこそ光速で動くのです。


*1 「その場しのぎ」という意味の言葉。科学でなにかの現象を説明するために急ごしらえで作った説などを「ad hoc仮説」などと言う。
*2 特にローレンツ変換に現れる時間に関して、ローレンツは「実際の時間とは関係ない架空のもの」と考えていたようである。
*3 むしろ、マイケルソン・モーレーの実験器具は干渉を用いて精密に距離を測定する方法として使われることも多い。光速が一定であることを逆手にとって利用して、距離をはかる手段に使うのである。重力波の観測機器にも使われている。
*4 これは前章の最後で、「ローレンツ短縮」として紹介した。
*5 同様に「常識外れだが、それでも真実」なものには量子力学がある。我々はふだん量子力学が重要になるスケールより遙かに大きいサイズの物体ばかり相手にしているので、量子力学が変ちくりんに見え、古典力学の方が真実っぽく見えてしまう。そういう意味では、我々は量子力学を実感するには大きすぎ、相対論を実感するには小さすぎる。
*6 この点に関してはローレンツ本人は後に、「局所時は本当の時間ではないという考えから抜け出せなかったのは失敗だった」という意味のことを述べている。ポアンカレの方はアインシュタインの相対論を無視したまま亡くなった。

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Last-modified: 2024-01-12 (金) 19:41:50